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六花が空を覆うときのレビュー :メルクマールとなる作品

こんな人に特におすすめ:オーソドックスなマーダーミステリーを楽しみたい方、初心者

日本のマーダーミステリーシーンは中国産の「約束の場所へ」や「王府百年」から出発し、いまやゲームシステムやゲームスタイルに独自性を持たせた作品が次々に現れる百花繚乱な状況です。
その中で「六花が空を覆うとき」は「王府百年」から続くスタンダードなプレイスタイルで、「マーダーミステリーとはどういうゲームなのか」というメルクマールになる作品です。

設定書を読む、情報カードを引く、公開や密談で話す、犯人に投票するというベーシックな進め方で、謎解き要素やシナリオのどんでん返し、TRPGばりのロールプレイといった奇をてらった仕組みはほぼ用意されていません。
それだけにシステムのユニークさに頼った驚きが提供できないので、作品そのものの没入感、個人戦、推理という3要素のポテンシャルが問われます。
そして本作はプレイして面白かったという評価につながる一定水準をクリアしています。

現代日本が舞台で国産ですから、プレイヤーは違和感なくゲームの世界へ入ることができます。世界観をいちいち説明しなくてもすんなり受け入れられるというのは大きなアドバンテージです。
ストーリーも十分に情緒が取り入れられていて、アニメ映画を彷彿させるような透明感がある演出が、読後感をさわやかなものにしています。

本作のストーリーや背景設定はややもするとこれで泣けと言わんばかりのあざとさを感じるかもしれません。しかしエスカレーションで情感が演出されていないマーダーミステリーにおいては、それくらいの「あざエモさ」ががちょうどよいでしょう。
その理由は3つあります。

1つ目はマーダーミステリーのトレンドとしてエモさが求められているということ。つまり少なくない数のプレイヤーに感動できるストーリーを体験したいという欲求があり、それに作品が応えるという単純な需要と供給です。
2つ目は過剰気味でないと伝わりづらいということ。映画や小説などではプレイヤーはストーリーにだけ集中できます。しかしマーダーミステリーでは犯人を探したり、個人ミッションをこなしつつ、全体のストーリーを追うことになります。
そもそも神の視点ではなく、自分がプレイしているキャラクターの視点からしか作品世界を覗くことができません。たとえば横断歩道を渡れずに困っているお年寄りを助けて遅刻した学生キャラがいたとして、それを自分(のキャラクター)が目撃していなければ、単に学校を遅刻した人がいるという認識にしかなりません。
メタ視点で語りえぬがために1つのエピソードで情動を感じることができず、複数の仕込みが必要となります。

3つ目はマーダーミステリーというゲームのネガティブな特性を相殺する必要があるということです。
基本的にマーダーミステリーでは、殺人という恐ろしい、怖いといった大きな負の感情を催すイベントが発生しています。しかも犯人探しというゲームの性質上、動機や証拠など殺人に多面的に迫る必要があり、ゲーム外のイベントとして抽象化させてインパクトを緩和することもできません。
おそろしいと感じたままで感動させることはできないので、激しい強制的な盛り上がりで負の感情を忘れさせるか、そうでなければ感情の上塗り、重ね塗りでポジティブな方向へ転換させる必要があります。

「六花が空を覆うとき」のすべてが良い点ばかりというわけでもありません。
1つは担当したキャラクターによる濃淡の差があることです。メインストーリーにコミットしているキャラクターとそうでないキャラクターでは思い入れの質量ともに違っていて、すべてが終わった後にすごく感動できるのか、他人事としてまあ感動できるのかという差が顕著に現れます。
本作の主なストーリーは現状では1本で、明らかに部外者キャラクターが存在しています。いちおうメインプロット以外のサブプロットもあるのですが、メインの向こうを張れるほどの強さはありません。
実際にはメインプロットは2本に分解できるはずなので、2本に分けることでもっと関われるキャラクターを増やすことができるはずです。

もう1つは推理面です。メインプロットに関わっているかどうかというメタ思考が成立してしまい、しかもそれによって相当に犯人が絞られるということです。
マーダーミステリーというゲームで被害者と浅からぬ関係がある人物がいる中で、動機なき発作的な殺人者が犯人ということはないだろう(そんな犯人であればゲーム体験の満足度が高まらないので違うだろう)という推理です。
もちろん現実であればアリバイや物的証拠といった確たる証拠が無ければ犯人として名指しすることはできず、消去法やご都合主義的な理由で挙げるというのはあり得ないことです。推定無罪が基本原則ですし、それで犯人でなければ名誉棄損モノです。
とはいえゲームという限られた枠組みの中で最後には必ず犯人を指名することになるので(なにしろあてずっぽうでも犯人が当てられたら得点になります)、プレイヤーからメタ的な思考を排除することはできないでしょう。
情感を重んじることで推理の幅がメタ的に狭まってしまっています。

とはいえ欠点もあれど、オーソドックスなスタイルですぐれた作品であることは間違いなく、「マーダーミステリーらしいマーダーミステリーをプレイしたい」という人におすすめできます。

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