コスモマーダーグランドホテルのレビュー :ホスピタリティを堪能する傑作

※本投稿は2020年3月に書いたレビューの再構成バージョンです。

こんな人に特におすすめ:バランス型なので万人向けですが、謎解き・脱出ゲーム好き(謎解きに興味ない方でも問題なく楽しめますが、プレイヤー間で謎力に大きな差があるとすべてを楽しめない方が出るかもしれません)

名作という巷間の評判通りのクオリティの高さで、総合的な満足度は「ランドルフ・ローレンスの追憶」を超えていままでプレイしてきたマーダーミステリーの中で最上、早くも(個人的な)年間マーダーミステリー大賞の最有力候補が現れました。
オールタイムベストにも間違いなく入る作品です。

コスモマーダーグランドホテル(CMGH)の良さは「高品質なバランスの良さ」、「エスカレーションのあるシナリオ」、「あふれるホスピタリティ」と大きく3つあります。

高品質なバランスの良さ

高品質なバランスの良さに関しては、マーダーミステリーの3要素(ロールプレイによる没入感、個人目標の追求、論理的な推理)のいずれもが高いレベルでまとまっています。
いままでのプレイ経験では3要素はゼロサム、つまりこちらを立てるとあちらが立たずで、3つすべてをハイレベルで実現させるのは難しいと思っていましたし、限られた時間の中ではそれも仕方がないと見切りをつけていました。
しかしCMGHはこちらで勝手に設けていた天井を打ち破ってくれました。3要素がまさにピラーとして1つの太い柱となって、犯人探しというマーダーミステリーの根源を支えています。
3要素がうまく融合しているからこそ、どれもが高いレベルにまで引き上げられているのでしょう。

エスカレーションのあるシナリオ

エスカレーションとは作品の盛り上がり、メリハリがあるかどうかです。だらだらと進むようでは感情の高揚がありませんが、はじめからずっと全力疾走では緊張感が保てません。
一般的なマーダーミステリーの進行は「情報収集→個人目標の達成に向けた行動→犯人探し→エンディング」ですが、これ自体は流れでしかありません。起承転結、序破急、三幕構成など、良いマーダーミステリーはプレイ体験に緩急があって、最後にカタルシスが用意されています。

CMGHもゆるやかに始まって途中に緩急があり、最後は全員で大きなうねりを乗り越えます。
プレイ開始直後にプレイヤーがなにをするか、30分後はなにをするか、60分後は、ラストは……とプレイヤーが何を体験するかが時間軸できちんと想定されていて、それに合わせたエスカレーションが設計されています。

あふれるホスピタリティ

CMGHの最大の特徴はホスピタリティです。
作品やシステムそのものからマスタリングに至るまで、プレイヤーに最大限楽しんでもらおう、不快な思いをさせないようにしようというコンセプトが徹底されています。
ゲーム中はもちろんプレイの始まる前から終わった後までホスピタリティが随所に見られ、お客とサービス提供者という関係を超えて作者が人格者であることがひしひしと伝わってきます。

具体的にどういったおもてなしがあるかはネタバレになるので例を挙げづらいのですが、公開できる範囲では、これまでさまざまな作品で私が何度も言及してきた「担当キャラクターによる満足度の濃淡」がきちんと配慮され、解決されています。
これは偶然などではなく意図的なもので、そもそもCMGHが「プレイヤー全員が主人公」というコンセプトの元にデザインされています。

「総合的な満足度が最上」と冒頭で述べたのはまさにこの点です。
「10人中8人の満足度は10点、ただし2人は5点」ではなく、「犯人であろうがなかろうが、10人ともが満足度で高得点をつける」作品です。総得点や平均だけを比べると前者が勝っているかもしれませんが、マーダーミステリーを継続的にプレイする動機という意味では後者であるべきです。
CMGHでは作者自身がマーダーミステリーをプレイして不満に感じたことの解消を目指したそうで、それはまさに私もさまざまなマーダーミステリーで感じていたことでした。

趣味性が表出した謎解き

CMGHは傑物ではありますが、もちろん完璧ではありません。
最も大きいのは、作者の脱出ゲーム好きという趣味性に因る謎解き要素で、いささか唐突感があるので脱出ゲームになじみがない方は面食らってしまうかもしれません。
マーダーミステリーにきちんとなじんでいるものもありますが、そうでない部分もあります。謎解き自体のクオリティは高いのですが、犯人探しとそれを支える3つの要素からは逸脱しているので、ばっさり切り捨てた方が作品の質は上がるでしょう。
もっともCMGHはもともと作者の友人に楽しんでもらうための作品だったそうで、作者もそれについては自覚的でした。
逆説的には脱出ゲーム好きであれば輪をかけて面白いと感じられるともいえます。

もう1つは良くないというよりもっと良くできる箇所で、それはGMによるNPCのロールプレイです。
今回は作者にGMを行っていただきましたが、ふだん表現者として活動されている方ではありませんから限界があります。商業作品や専門店では役者がGMを務めているところもあって、これはシンプルな解決策で改善できそうです。

それと個人的には気になるどころかホスピタリティの表れだと感じたのですが、GMがほかのマーダーミステリーよりも介在するという点が気になる方もいるでしょう。最上の体験は得られなくてもいいので、すべての行動を自分の判断だけを拠り所にしたいという人にとっては、たとえその方がよりよい体験が味わえるにしてもGMの介在はおせっかいに感じるでしょう。

河の流れのように

「ランドルフ・ローレンスの追憶」は激流を下っていて、最後に感情の大きな濁流に飲み込まれてもみくちゃにされるという体験でした。
「コスモマーダーグランドホテル」は静かな小川が合流していき、雄大でゆったりした大河を悠然と下りきる、やさしさに包まれる作品と表現できます。

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