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天使は花明かりの下でのレビュー:物語への没入の先に待ち受ける情動の嵐を体験できる傑作

ストーリープレイング(ストプレ)はマダミスよりも自由度が高く、マダミス以上に世に広まる大きな可能性を秘めているジャンルです。一方でマダミスと比べて非定型なジャンルであり、作品を成立させるのが難しくもあります。
実際、マダミスの派生ジャンルとしてストプレが生まれておよそ2年が経過しており、良い作品もいくつか出ていますが、いまだマダミスのような一ジャンルを築くにはいたっていません。
『天使は花明かりの下で』は「人の心を揺り動かす」というストプレで最も大事な要素を丹念に扱っていて、ストプレ作品として傑作です。物語体験が好きという方にはプレイ必至といっても過言ではありません。
そしてそれだけにとどまらず、公演用作品としてきちんと成立しています。店舗公演を展開できるストプレは本作が初めてでしょう。
作品の質、公演の運用という両面から、『天使は花明かりの下で』はストプレのメルクマールであり、今後ストプレが流行していく分水嶺となりえる作品です。

ストプレを一言で表すなら「物語体験」です。
参加者は作中の登場人物の1人になりきります。登場人物として行動し、選択し、それによって物語が進行し、参加者だけのナラティブが紡がれます。
つまり「登場人物になるごっこ遊び」であり、どのような物語を体験したのかという過程を楽しみます。作品としての結末はありますが、どの結末を迎えるべきという目標はありません。
マダミスでもプレイヤーは登場人物になりますし物語はありますが、物語体験は十分条件ではありません。マダミスの主題はあくまで「犯人探し」です。
途中の物語がどうであれ、犯人を捕まえる(あるいは逃げ切る)という目標があります。
そしてこれはゲームであるかどうかの分岐にもなっています。

ゲームは競合性と勝敗があります。
しかしストプレは競合性も勝敗も十分条件ではなくゲームではありません。むしろこれらは不要とさえ言えます。
物語体験にとって重要なのは情動であり感情です。しかし競合や勝敗といったゲームの要素では戦略性が必要とされ、理性が求められます。物語体験とゲームでは心と頭という正反対のものが求められますが、役者でもない一般のプレイヤーにとっては役に入り込んだ上でそのキャラとして理性を働かせることは困難です。
ストプレではゲーム要素を排除することで没入感が高まっています。
一方で犯人探しやゲームから遠ざかることは、ストプレを作品として成立させることを難しくしています。これといった型がなく、制作者が一から作り上げなければなりません。
マダミスではすでに型ができあがっているので、作品の出来不出来はともかく、"それらしい"作品にすることは容易です。

ストプレとは物語体験であり、物語体験にとって最も重要なのは情動、つまり「参加者の心を揺さぶること」です。そしてそのためには参加者と登場キャラクターが同調していなければなりません。
たとえば登場人物が大切な人を亡くしても、参加者が感情移入していなければ他人事でしかなく、何も感じることはないでしょう。お化け屋敷は怖くて入れないがホラー映画は観られるという人がいますが、これはホラー映画を他人事と感じているからです。

『天使は花明かりの下で』では参加者を登場人物と同調させることに多大な労力が割かれています。時間的にも演出的にもそうですし、ロールプレイや読み合わせといった身体表現を通じてプレイヤー自身が能動的に物語へ参加するように設計されています。
これは物語体験に特化したストプレだからこそ実現できる演出です。

キャラクターとのシンクロが丹念なので物語はゆっくりと始まりますが、だからといって間延びすることはまったくありません。いま参加者に何を体験してもらいたいかという構成がしっかりしていて、徐々に徐々に作品の世界へと引き込まれていくようにデザインされています。
天使見習いという設定もいささか特殊ですが、自然に馴染んでいくことでしょう。また緩やかに物語が始まるため、貸切ではないオープン公演で見知らぬ人同士で参加したとしても、気心を知り合う間があります。
人物造詣もしっかり練り込まれていて、どのキャラクターを演じても立場は違えど物語の主人公だと感じることができます。マダミスも含めて、ここまで登場人物の満足感が粒ぞろいの作品はなかなかありません。

これらのおかげで物語終盤になる頃には登場人物にしっかり感情移入し、クライマックスの展開には登場人物として向き合うことになります。
だからこそ登場人物の葛藤、不安、悲哀、歓喜、責任といった悲喜こもごもに参加者も真っ向から直面し、感情を迸らせることになります。

ただし『天使は花明かりの下で』はストプレである以上、万人向けとはいきません。
キャラクターと一体になってロールプレイするのが嫌いという方はまったく向いていませんし、読み合わせがかなり多いので読み合わせが好きではないという人も苦痛を感じてしまうでしょう。
またそもそもマダミスではないので推理したり、競い合ったりが好きな人にも向いていません。

『天使は花明かりの下で』はきちんとギミックや構成が配慮され、人物造詣も作者の面目躍如で描かれています。
だからこそ最後には号泣者が続出する感動のエンディングが待っています。
ストプレというジャンルのメルクマールであり、ほかのエンタメでは味わえない体験ができる傑作です。

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