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ダークユールに贖いをのレビュー:経験者こそ楽しめる重層的な作品

『約束の場所へ』でスタートした日本のマーダーミステリーシーンが、1年を迎えたというタイミングでリリースされたのが『ダークユールに贖いを』です。
題材こそマーダーミステリーでは類を見ない「吸血鬼モノ」ではありますが、それ以外は奇をてらった要素はないオーソドックスな作りで、マーダーミステリー経験者が安心して遊べる三要素がきっちり揃った重厚な作品に仕上がっています。

殺人事件の推理と非現実的なファンタジー要素はあまり相性がよくありません。ノックスの十戒でいうところの「中国人」あるいはデウス・エクス・マキナが容易に登場する余地があるからです。
たとえば魔法が存在する世界で密室殺人が起きたとします。魔法があるのですから瞬間移動や壁抜け、精神支配、遠隔魔法などいくらでも密室の状況で殺害できる方法が思いつきます。それらを否定して作者が想定している方法で殺害されたと説明するためには、その世界の物理法則、魔法の原理からプレイヤーに理解してもらう必要があります。それでも現実にはない世界なので完全に理解してもらうことは難しいでしょう。
『ダークユールに贖いを』も吸血鬼という超常的な存在を主題にしているので同じ轍を踏みそうなものですが、作品なりの物理法則、世界観が端的に説明されていて、うまくこの問題を回避しています。

とはいえ吸血鬼を取り扱った作品にまったく馴染みがないと世界観の理解に時間を要する、あるいは正しく理解できず、現代モノほど容易に推理できないのは事実です。吸血鬼は「十字架が苦手」というのはたいていの人が知っているでしょうが、「流れ水が渡れない」というのはそれほど知られていません。
それでも吸血鬼たちを主人公とすることで人間が登場人物では語れないテーマが描けるという点は、世界観の理解に時間を要するというデメリットを補って余りあります。
永遠の生や真実の愛、ロマンティシズム、ペシミズム、耽美主義、ヒトの心を持ったまま怪物になってしまった存在の悲哀といった、アン・ライスに代表される現代吸血鬼文学の系譜で描かれてきたテーマです。

マーダーミステリーとして本作をみると「没入感を高めるロールプレイ」、「各々の目標を達成する個人戦」、「犯人にたどり着く論理的な推理」の三要素がバランスよく整った作品です。
それぞれが「犯人探し」というマーダーミステリーの主テーマを支えているだけでなく、要素同士もきちんと絡み合っています。
特に本作では没入感と個人戦は密接につながっています。

犯人探し以外にもう1つ主となるストーリーが用意されており、ほぼすべてのキャラクターがそのストーリーの登場人物です。
そしてメインストーリーは吸血鬼という存在、ヒトとしての心の揺れに焦点が当てられていて、人間である我々プレイヤーにとってもなじみ深く、没入しやすいキャラクター造詣です。
個人戦もメインストーリーと結びついていて、さらにサブプロットがいくつか存在しています。
メインストーリーにおける主役キャラクターとそうではないキャラクターは厳然と存在しているのですが、脇役キャラクターにもサブプロットがあり、サブプロットでは主役になれるので、結果的にどのプレイヤーも体験の満足度は大きく変わりません。
プレイヤー9人のマーダーミステリーでメインプロットやサブプロットを重層的に交錯させ、1つの体験としてまとめ上げた完成度は見事といえるでしょう。

推理に関しても動機、凶器、アリバイというマーダーミステリーの基本に忠実です。
無論それぞれのキャラクターの思惑があるので推理の要素があっさり揃うということはないでしょうが、論理の飛躍はありませんし、情報過多であっさり犯人が割れるということもありません。
犯人探しだけに絞ればやや簡単ではあるものの、9人それぞれが自分の目的のために動いていることを考慮すれば、ちょうどよいのではないでしょうか。

一方でエスカレーション(ゲームの盛り上がり)についてはやや単調で、エンディングでは大きな盛り上がりと感動を味わうことができるものの、ゲーム中盤はややダレるかもしれません。
これは市販のパッケージかつGMレスでもプレイできる作品であることを考えると仕方ないともいえます。中盤に「転」を作るためには新たな事実の発覚、ルールチェンジなどが必要ですが、それをGMレス環境でスムーズに行うのは相当に困難です。GMがいたとしても一般プレイヤーが賄える負荷で収めるのは難しいでしょう。
とはいえプレイヤー体験として中盤の盛り上がりが薄いというのは事実です。

また9人プレイで各キャラクターが交錯する重厚なストーリーということもあって、初心者には推奨できません。要素が多いので、すべての物語、体験を堪能できずに不完全燃焼で終わってしまう可能性があります。
ある程度マーダーミステリーを遊んでからプレイすることをおススメします。同じ「MYSTERY PARTY IN THE BOX SERIES」では『何度だって青い月に火を灯した』が初心者でも楽しめる作品です。

なお本作はGMレスでのプレイは可能ですが、せっかくの大作ですからできればGMアリでプレイすべきです。
ゲームの登場キャラクターではなく、ゲーム内容を把握している第三者に質問できるというだけで安心して没入できますし、一部に複雑な処理があり、それを誤解してしまうと本来の体験から外れてしまいます。参加プレイヤーが全員熟練者であればスムーズにプレイできますが、それでもGMアリの体験には劣ってしまいます。
自宅でプレイする前提の市販パッケージではありますが、衣装やプレイする会場をそれらしい雰囲気に演出することでより没入感が高まります。そしてそうした工夫でプレイ体験が大きく向上する作品であり、工夫をするだけの価値がある作品でもあります。

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