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奥州事変のレビュー

源義経の最期である衣川の戦い直前という珍しい題材で、作者が歴史ファンであるということがひしひしと伝わってきます。
ただその想いは残念ながら空回りしていて、義経というベールを剥いだマーダーミステリーとしてみたら、見るべきところがない凡作です。

厳しい意見を書いていますが、「良い作品を生み出すにあたって何に気をつけるべきか」という指摘として読んでもらえれば(そしてそれによってより良い作品が生まれて、私がもっとマーダーミステリーを楽しめれば)と思います。1つだけ言っておくと、凡作ではありましたが最低限のクオリティラインには達していたので、プレイ自体は楽しいところもありました。返金を求めるような未完成品ではなかったことを申し添えておきます。

いちばん大きいのは「プレイヤーにこれを体験してもらいたい」というコンセプトがまったく見えてこないことです。
ギミックであったり、ストーリー展開であったり、サプライズとそれによる楽しかったという充実感が生まれればそれは何でもあり得えますし、名作と呼ばれるマーダーミステリーには必ず優れたコンセプトがあるのですが、そうしたものが感じられません。
「源平時代とマーダーミステリーが好きだから、衣川館を題材にしたマーダーミステリーを作ろう」ということだけが決まっていて、あとはキャラクターや情報カード、犯人投票といったマーダーミステリーの個々の要素をそれっぽくあてはめただけにみえます(逆にいえばマーダーミステリーとしての体裁はちゃんと整っています)。

まず没入感あるロールプレイという観点で、キャラクターの魅力が伝わってきません。
歴史好きな人はともかくそうでないほとんどの人の認識は「源義経は軍事の天才だけど立ち回りは下手」、「弁慶は豪放磊落で忠義に厚い」くらいのものでしょう。実際、「奥州事変」では義経の家臣や妻が登場するのですが、名前すら聞いたことがありませんでした。
また平安末期から鎌倉時代の武士がどういう考え方を持っているのかはまったく想像できません。もちろん戦国時代や江戸時代、あるいはファンタジー世界、現代のマフィアであっても同じですが、現代人が想像する戦国武将や江戸時代の人々、ファンタジー世界の住人、マフィアというのは、映画やドラマ、アニメ、ゲームなどで描かれることでポストモダンでいうところのデータベースが供給されています。
つまりプレイヤーにとってはまったく未知の登場人物なのですが、その人物の人となり、行動指針は示されておらず、乏しい知識の中でなりきるしかありませんでした。

没入するための仕掛けやエスカレーションも用意されておらず、フェーズに分かれたゲームが淡々と進行していくだけです。
自己紹介→第1フェーズ(議論とカード取得)→第2フェーズ(議論とカード取得)→投票→エンディングというのは、単なる流れに過ぎません。
その進行の中で、世界観への没入→山場と転換→インタールード→クライマックスといった盛り上がりの演出がないと平板な体験で終わってしまいます。
ゲーム開始時点でプレイヤーがなにをしているのか、30分後はどうで、60分後はどうか……と行動が想像できて、それがエンディングへ向けて盛り上がっていく作品でないと体験の満足度は上がりません。

個人目標という観点では、どのキャラクターも秘密や個人目標が作品のメインストーリーとまったく絡んでおらず、濃淡でいえば淡しかありません。マーダーミステリーだから個人の秘密が必要ということでひねくり出したようにも受け取れました。
プレイヤーの満足度を向上させるためには個人目標はあれば良いというものではなく、メインストーリーに結びついていなければいけません。それによって作品とプレイヤーの一体感、自分(の担当するキャラクター)が作品の主要人物であると実感できます。

本作の個人目標が淡い背景として、登場キャラクターが実在の人物で乏しいながらも史料があり、歴史好きであるがゆえに史実から大きく外れる設定ができなかったのだろうと考えられます。これはロールプレイにあたっての人物像作りでも言えることです。

しかしまさか本作が歴史を忠実に再現したものと考える人はいないでしょうし、史実と異なるからといって怒りだす人もいないでしょう。
であればマーダーミステリーとして面白くするため、もっと大胆なプロットを設定すべきでした。義経に関連した作品でいえば、歌舞伎の「勧進帳」だって完全なフィクションですし、今はいかつい武将がかわいい女の子であっても受け入れられる時代です。
歴史のifや歴史ミステリーは楽しいものですし、我々の歴史とつながっているだけにリアリティを感じさせることができます。本作では歴史上の人物ということがただ設定の幅を狭める縛鎖になってしまっています。

またその個人目標自体も達成条件の設計が悪く、運否天賦で決まってしまうものがいくつもありました。個人の交渉や努力ではなく、ゲーム開始5秒で達成できることもあれば、5秒で失敗することもあるということです。
1回しかプレイできず、2~3時間かかるゲームですから、もっと各プレイヤーの立場になって作りこまなければ不満だけが残ってしまいます。

論理的な推理についても構成の詰めが甘く、犯行に関するすべての情報が出きっているのに犯人にたどり着けず、それどころかある程度の絞り込みもできませんでした。
論理連関がうまくできておらず、論理の飛躍がなければ絞り込めないということです。
犯人を絞るための証拠は曖昧ではなく明白で、すべてが出揃った時点できちんと推理することで論理的に絞れなければ公平とはいえません。
マーダーミステリーを作るにあたっては、ノックスの十戒やヴァン・ダインの二十則をすべからく見直すべきです(すべて守れとは言いませんが)。

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