ショートショート「影の声」

白い陽が丘に降りた。孤独な客とまばらな花に儚い影を落とした。客はシートを広げ弁当を摘まみ、風にそよがれている。

「西から北へ、北から東へ。どんどん深く、どんどん浅く。時を忘れ、私はここのところ一心に、花々の移り行くのを眺めている。」
客は地平線にかかる陽を確認して、思い出したようにテントを建て始めた。
「時の移ろいが花を暗く伸ばして歪ませていく。それに本能的な恐怖を覚えた私だったが、どうすることも出来ない、そんな気分があるのだ。」
客はふと花の影の上に、自身の存在の不確かさを思う。もしも自分が、たとえば影の様な、何かとの関係で生じるいっときの泡でしかなくても、そんなことを知らぬまま、つと消えるのだと。
「私は生まれたときのように伸びた後、薄く透明となった。」
客は考えるのに飽きて、ランタンも付けずに、テントに入って寝むってしまった。


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