ショートショート「無人恋愛」

「近頃は何をするにもデジタルデジタルで参っちゃうよ。」画面に表示されたQRコードで五円を送金しながら祖父が言った。「カラン」と鐘の音を模した電子音が鳴ったが手は合わせない。
在宅詣りが済んだところでオレはズーム画面から離れて漫画の続きを取りに行った。画面上でオレを模したアバターが「あけましておめでとう、今年もよろしく」と言った。

数分経つと、画面に次の予定が表示された。
「あ、忘れてた。」
今日は彼女とデートの約束があった。あと1分もない。
「フォン」
画面が切り替わり彼女の姿が映し出され、続いて自分の姿が相手の画面に映し出された。自分の姿を模したアバターは現実の自分と違い、髪は整い、服はパキッとキマッていた。
「いい匂いね、何の香水?」
彼女とのデートでは五感ごとバーチャル世界に接続し、まるで現実にデートしている風に感じる設定を使うのがルールだった。
彼女に初めてルールを伝えられた時、そんな面倒なことをする人がまだいたのか、と思った。
しかしその物珍しさは魅力的だった。本気でオレと時間を過ごしたいのだと感じて、嬉しくもあった。
彼女のそんな、原始的なところが好きなのかもしれない。

AIのオレはそつなく彼女をエスコートしていた。オレはその様子を横目て、たまに、チラと見ていた。
しばらくすると、彼女とオレがホテルに入った。こういうのも彼女の良さだ。
今の時代、セックスにこだわる人はそういない。バーチャルだから、子供が生まれることもないし、快感は薬を飲めば得られる、それなのにセックスなんて面倒なことをする人は、もうほとんどいない。
ここだけは自分も五感を接続しようと思ったが、漫画が良いところだったのでやめた。

しばらく様子を眺めていると、少し興奮してきた。やはり接続しようかと画面を覗いていると、画面が一瞬乱れた。
「やばっ。」
一瞬だったが彼女のボサボサの髪とハンバーガーが見えた。オレは急いで接続して彼女のAIごしに、彼女を責めた。
「ごめんなさい。原始的な女と思われた方が、男の人の心をくすぐると思ったの。あなたが好きだからした約束だったの。」
今言い訳をしているのは、彼女だろうか、AIだろうか。
「ふざけるな!」
オレの怒りはエスカレートした。体中が熱くなり、上手く制御できない。ふと頭の中に、
「プログラム強制終了」
と浮かんだ。
「プツ。」

どうやらオレは強制終了したらしい。
これ以上は負荷が高すぎて故障の危険があったのだ。
”オレ”の人格を模して造られたロボットであるオレは、怒りやすい性格で、
よく強制終了するのだ。
オリジナルの”オレ”は、今一体、何をしているのだろう。

どこかでまた、「からん」と音がした。
「あけましておめでとう」
もう何百年も前から、同じ音だけが
響いていた。





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