【BL連載】ラブレターズ05

   城慧一・3

「轍がそんな信頼するスイーツ仲間ってどんな奴よ」
 我慢できなくなって、轍に訊いてみたのは定休日の晩だ。軽い夕飯を済ませて、バラエティー番組を眺めていた轍に、オレは頑張って質問した。
 轍は「ああ」と軽く相づちを打ち、視線をよこす。そこに後ろ暗さがないから安心はしたが、未知の領域に進むうすら寒さをおぼえた。
「実は今度高校生になる子で」
「え」
 飛び出たのは、予想の斜め上を行く単語だった。今度高校生……って、まだ中学生かよ。
 中学生で轍に声をかけるとは度胸がある。いや、轍が声をかけたのかもしれないけれど、八割方むこうからだろう。
 オレの驚嘆を、轍は手を上げて制する。
「一人で並ぶのは大変だからとせがまれてしまったんだ。人懐こいし礼儀正しいから、つい保護者みたいになってしまって」
 なるほど、そいつからグイグイきたわけか。
 バイトの茅野ちゃんの言葉が蘇る。
「国吉さんも店番に出たら評判になると思うけど」
 茅野ちゃんと同じ感覚の人間は一定数いると思う。オレもそっち側だし。そいつはオレと同じ感覚の奴と言える。いや、それが問題っていうより、そいつが中学生ってことの方が大きい。
 どんな奴だろうか。可愛かったら癪に障るな。未成年であることを盾に保護欲を煽ってるんじゃないだろうか。轍は放っておけない性格だからな。そのくせドライなのがいいところだけど。
 オレの中に勝手に『スイーツ女子』ができあがっていくのも知らず、轍はどこか楽しそうに続ける。
「この前は好きな人が甘いものが好きだからと相談を受けて……」
 またややこしい設定が出てきた。
 好きな奴? 甘いもの好き? それが轍ってことはないよな? いやいや、いやいやいや、まさかな。中学生がそんなこざかしい手法を使ってくるものか。しかし、好きな人がいるから安心してね、ということはやりそうだ。オレの中のスイーツ女子がどんどんビッチになっていく。よくないと思っても、とてもいい奴に戻せそうにない。どこかで軌道を変えないと。
「オレも相談にのってやろうか」
 もう、この際会ってしまえ、というのがオレの出した解決策だった。未成年相手と思うとあまり接触したくないが、きっぱりはっきり話した方が楽だ。
 オレの提案に、轍がまっすぐな眉を下げる。あ、落ち込んだ。
「のってほしいのはやまやまなんだが、スイーツ好きだから日々果がバレる可能性がある」
 轍の切実な声に、オレは天を仰ぐしかなかった。この時ばかりは、顔をおぼえてもらえるイケメン店員であることを呪った。
 すまない、と珍しく轍が謝ったことに気づいたのは、ふとんに入って眠る直前だった。

 早くスギの季節が終わってほしい。痒い目元をティッシュで押さえ、オレは手を再度消毒する。
 轍のスイーツ仲間のことも、日々果の経営のことも、花粉がおさまれば何とかなるような気がした。
「いらっしゃいませ」
 午後四時。夕飯前の主婦や学校帰りの学生たちが多く来店する。轍が昼に完売したサンドの第二弾を仕上げる頃だ。
 入ってきたのは、学ラン姿の二人組だった。男二人は珍しい、と接客をしながら視線で追ってしまう。大きな紙袋を提げていたから、卒業式か修了式の後だろう。
 二人ともまだまだひょろっちい。一人は目が大きな可愛い系で、もう一人は塩顔のぼんやりした印象だった。校章はここから南にある私立中高一貫校のものだった。
「えーと、フルーツサンドとイチゴサンドとカフェラテください」
「店内ご利用ですか?」
「はい」
 順番が回ってきて、二人の注文を手早く用意する。
 トレイを出して商品を並べていると、財布を覗きこんだ二人は顔をつき合わせて喋っていた。ぼんやりの方が、デカ目を覗きこむ。
「蒼、十円ある?」
「あるよ、煌(こう)。はい」
 自分の財布から十円玉を取り出すと、デカ目の蒼はぼんやり煌の手のひらにそれを置いた。
 煌少年は笑って、カウンターに硬貨を並べていく。
「ちょうどいただきますね。お気をつけてお持ちください。ありがとうございました」
 大テーブルに二人で並んで頬張る様子に、どこかノスタルジーを感じる。
 オレたちもあんな風に過ごしていたんだろう。
 今が不満なわけじゃない。夢も叶えられた。それがあるていど順風満帆に進んでいる。これからのモチベーションだってある。
 けど、本当にこれでよかったのか、とどこかで問う声がする。日々果をやろうと言ったのはオレからだった。高校を卒業する頃で、オレは大学進学を決めていて、轍は調理師になるべく専門学校に入学を決めていた。周りには言っていなかったけれど、付き合っていた。
 轍は二つ返事で承諾した。二人の夢になった。
 この道を示したのはオレだ。その責任が幾分かあると自覚している。二人の歩みはこれでよかったのかと、たまに考えてしまう。
「あ、うまい」
 まっすぐ飛んできた声に、オレは視線を上げた。
 煌と呼ばれた少年が、フルーツサンドを齧って笑っていた。それを見て、蒼少年も笑顔になる。
 ああ、あんな感じ。
 轍のフルーツサンドは、うまいし、それを口にして笑いたくなる。誰かに伝えたくなるうまさだ。
 そうして伝えると、轍は照れくさそうに頬を持ち上げる。こっちまで嬉しくなる。
 プルルルル
 内線が鳴った。接客をバイトに任せ、オレは子機を耳に当てる。
「はいはい、できた?」
 フルーツサンドの補充かと思えば、轍は電話の向こうで「んー」とか「あのだな」とかまごまごしている。
 反射的にブラインドの向こうの調理場を向くと、カウンター内からしかわからないほど狭い隙間から轍の目が見えた。怖えよ。
「……そこの」
「なに?」
「そこの少年たちに、新作のメロンを」
「は?」
 隙間から轍を覗くと、轍はさっと調理場に隠れてしまった。
 今まで轍がこんなお願いをしたことはない。意図が全くわからずに少年二人を睨んでしまった。オレは頬を叩き、営業用の笑顔を貼りつける。
「いや、あの、目が大きい方」
 轍は内緒話のような小声で告げた。
「スイーツ仲間」
 スイーツ仲間。中学生のビッチ――ではなかった。
 好きな奴が甘いものが好きで。
 ふるえる喉が叫びそうになるのを抑え、オレは内線を切る。
 五月から季節のサンドとして追加するメロンサンドは、試食として配っているものがいくつかあった。ビニール手袋をして、メロンサンドの包装を外す。試食用は一口より小さく切り分けるが、二人には一つを半分に切った大きなものにした。それをイートイン用の皿に並べる。
「お客様」
 仲良く話している二人の少年、蒼少年の背後から近づき、声をかける。四つの目は何事かとオレを見上げた。
「こちら、当店からのサービスでございます」
 特別待遇はほとんどしたことがないので緊張する。
 バーで言う「あちらのお客様からです」のようにやってみたかったが、轍の姿は見えない。そもそも、スイーツ友達の轍がここにいることすら知らないだろう。
 二人は要領を得ない顔を見合わせている。そりゃあ、そうだろう。いきなり何だと思って当然だ。
 オレは蒼少年の耳元で囁いた。
「……スイーツ仲間の大柄の人から」
 メロンサンドを二人の間に置くと、蒼少年は瞬きをしながらオレを凝視する。
「えっ」
「はい」
「え……」
 蒼少年はきょろきょろと店内を見回した。残念、轍は見えない場所にいるんだ。
 それからスマホを取り出して何やら打ちこんでいる。店での仕事中はスマホ見ないから、少年にメッセージは送ってなさそうだ。まあ、あとは本人同士が話してくれるだろう。
「あ、ありがとうございます」
 大きい目をさらに見開いたまま、蒼少年はぺこりと頭を下げた。煌とやらも会釈をする。
「なに?」
「なんか、サービスだって」
「ふうん、ラッキーじゃん」
「よかったね、メロンだよ」
 カウンターに戻ったオレは、再びメロンサンドを切り分ける。さすがにこの時間は人が多いので、二人にだけでは角が立つ。小さめに切ったメロンサンドをイートインの客に配り始めると、少しずつそちらに人が流れ始めた。

(続)

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