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【BL連載】これがあるからやめられない06
国吉轍・3
「菊ちゃんはすごいよなあ」
というのが、その頃の俺と慧一の合言葉だった。
一向に飽きがこないフルーツサンドを頬張りながら、慧一はしみじみ呟いた。三年の初めには慧一もかなり背が伸びていた。おまけに華があるため、弓道部の大会で女子に随分人気なのだそうだ。本人が嬉しそうに報告してきた。
俺もまた背が高くなった。バスケ部を抜いて背の順は一番後ろ。靴の大きさは三十センチ。ローファーを求め靴屋を探し回った親は、これを卒業まで壊すなと俺に念を押した。
二人とも菊ちゃんのフルーツサンドで育った、というと語弊があるが、毎日のように食べているから間違いでもないだろう。
三年になったくらいから、菊池さんは菊ちゃん呼びに定着した。俺が試作品のフルーツサンドを持っていくと「学生からもらうのはダメなのよ」と残念そうに断る。師匠の判定はなかったが、俺の中ではまだ菊ちゃんのフルーツサンドに届かない。
菊ちゃんはすごい。学食の厨房で、学生から全く知られないところで、購買のメニューをつくっている。それなのに、あんなにおいしくて、あんなに幸せになるものを売っている。
「……すごいよな」
俺は同意して、菊ちゃんのフルーツサンドを頬張る慧一の横顔を見た。垂れた眦(まなじり)とか、柔らかく笑う口元とか、菊ちゃんがつくっていると思うと、急に切なくなる。菊ちゃんのすごさはわかっているから、余計にやるせなかった。
放課後、調理部でため息を吐きながら生クリームをかき混ぜていると、「地上の星、かけたいね」と中島みゆきとナレーションのものまね合戦になっていた。
「おつかれぃ」
弓道場から制服に着替えた慧一が出てくる。部活が合う時はよく一緒に帰っていた。弓道部が強いという噂は聞かなかったが、それでも夏の大会に向けて練習が続いていたのだろう。
「今日はなにつくったの?」
「二段ケーキ」
携帯で撮った写真を見て慧一が、
「ケーキ入刀するやつじゃん!」
と、高揚した声を出す。
「それで、余った材料でつくってみた」
鞄からラップで巻いたフルーツサンドを取り出す。
パンは事前に吟味したメーカーのもの、生クリームは甘さと硬さを調節した。
「おっ! 食べていい!?」
「感想たのむ」
部活終わりで腹が減っているのか、慧一は飛び上がらんばかりに喜んだ。
これまでにも試作品を食べてもらったことはあるが、反応はいまいちだった。菊ちゃんのフルーツサンドの模倣としてだったから、ゴールは菊ちゃんの味を完全に再現すること。それに対して、慧一の評価に妥協はなかった。菊ちゃんのフルーツサンドへの愛ゆえだ。だから、俺もはんぱな答えを求めなかった。
「今回は、菊ちゃんのに近づけようとしてない。俺のおいしさみたいなのに、なってたらいいと思う」
超えるとか超えないとかじゃないかもしれないけど、真似だけで追いつくことはできないだろう。俺は慧一を、菊ちゃんのフルーツサンドを食べている時よりもっと幸せにしたかった。不純な動機だけど、それが一つのゴールだと思った。
駅までの途中にある公園のベンチで、フルーツサンドを開ける。
大きな口ががぶりとパンを噛みしめた。
リスみたいに頬張って、慧一は目を閉じて咀嚼する。
俺は隣で身を固くして、審判の時を待っていた。
「んっ」
慧一が目を開く。唇についたクリームを舌で舐めとる。飲みこんで、中身がなくなって緩んだ頬がまた別の力で丸くなる。
「うまい」
夕闇の中で、慧一の目は輝いて見えた。身を乗りだして告げてくる体が愛おしくて、膝の上の手がわずかに跳ねる。
その、顔。
その顔が見たくて、フルーツサンドをつくってみたのかもしれない。
食べてすらいないのに、胸を幸福感が満たす。
「うまいよ、国吉。いや、今までがうまくなかったわけじゃないんだけど、今回のはとにかくうまい!」
落ちそうなほど緩んだ頬を赤くして告げる慧一が、この探求の答えだった。
うまくいかないと自宅のキッチンでぐるぐる回っていたことも、菊ちゃんのフルーツサンドに嫉妬したことも、全てとろけて消えていく。
「城」
俺が慧一に身を寄せて呼ぶと、慧一は信頼しきった顔で笑いかける。
その無防備さに、俺は次の言葉を言い出せなくて、結局蹲ってしまった。
(続)
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