【BL連載】ラブレターズ03

   城慧一・2

 ここんところの休日、轍はいつも一人で出かける。
 限定スイーツの行列で知り合いができたらしく、以前より頻繁に買いに行くようになった。スイーツの行列で轍と仲良くなる奴がいたのは意外だし、轍が仲良くなろうと思ったのも意外だった。一九〇センチで辛口の顔立ちは、女子どもにはおっかないだろう、というのが轍のコンプレックスを差し引いても出てくる想像だ。だから、単純に嬉しかった。それは、轍が自分の容姿のままで菓子と、そして、それに関わる人間と向き合うということだ。どんな奴だよ、とちょっと妬いたのは秘密だ。まあ、轍の様子を見るに心配はなさそうだけど。
 轍と仲良くなれる奴を見てみたい、と告げると轍は渋い顔を傾げた。そこだけが引っかかる。
 遅い午前に一人でのそのそ起きて前日の洗濯物を取り入れる。どうでもいいワイドショーを眺めながらメールをチェックすると、仕事仲間のデザイナーからパッケージデザインが送られてきていた。
 去年の秋から取材を受け入れるようになり、日々果はさらに客を増やしている。オレは経営と接客に加えて広報も兼ねるようになり、正直スケジュールがきつくなっていた。それは轍も同様で、店の運営方法を変えざるを得ない岐路に日々果は立っている。
 本当は顔見知りのバイク屋に行きたかったが、つい始めたメールチェックとネットショッピングで一日が終わってしまった。
「帰った」
 夕方、オレが冷蔵庫の食材を出していると、轍がスイーツの箱とスーパーの袋を手に帰ってくる。
「おかえり。どれどれ?」
 轍をせつくと、箱をキッチンに置いて開いてみせる。今日はタルトとプリンだった。
「うまそう」
 オレが振り返ると、轍は少し照れながら笑う。自分で作ったものじゃなくても、轍は褒めると心底嬉しそうな顔をする。
「足りなさそうなものも買ってきた。作るか?」
 スーパーの袋から野菜や肉を取り出し、轍がエプロンを着る。
 オレが頷くと、そこで踏み込むタイミングを逃してしまう。

「ってことがあってさあ、菊ちゃん」
 週初めの月曜日、お昼時に菊ちゃんは現れた。
 菊池さんこと菊ちゃんは高校生だったオレと轍にフルーツサンドを教えてくれた神さまみたいなご婦人だ。六十を過ぎた今も、週に何日か学食を回り、後輩を指導しているらしい。
 土日にごった返した店内は、月曜の昼には静けさを取り戻す。せっかく来てくれたからと、オレはバイトにカウンターを任せて菊ちゃんに紅茶を出して談話していた。轍も呼びたかったが、店内に長居しないから諦めた。かといって、菊ちゃんを休憩室に呼びこむのは気が引ける。
 轍と恋人であることや同居していることは省いて、菊ちゃんに相談してみた。いくら菊ちゃんといえど、同性同士の関係をどこまで許容してくれるのかわからなかったし、怖かった。菊ちゃんに嫌われることは、オレも轍も絶対にしたくないことだった。親よりも繊細に扱う存在と言えた。
 なんだか中学生みたいな質問だ。友達が別の奴と仲良くしているから気にしているなんて。
「ふふ、あなたたちって高校の頃からいつも一緒だものね」
 懐かしむような口調で菊ちゃんは、フフッ、と笑みを零す。チャーミングなまんまるの目は、オレの胸の内を全て見透かしているように思えた。
 確かに、ずっと一緒だったな。手の中のマグカップ、黒いコーヒーはオレの顔を映している。十六の頃に知り合って、干支が一回りした。高校の部活は違ったし、卒業後の進路も別々だったけれど、オレと轍はずっと一緒で、同じ目標を持っていた。フルーツサンド屋のオープンが達成してからも、共同経営でここまできた。
 言葉にしてみたら、べったりとした絆に聞こえる。
「これでも距離感はかるの頑張ってるんだよぉ?」
「あら、そうなの?」
「そうだよ、狭い世界にしたくないし」
 朝から晩までずっと傍にいるというのは、居心地がよすぎる。オープンしたての時は、いつも些細なことで喧嘩していた。まだバイトを一人も入れていなかったし、狭い水槽で窒息するような気持ちになった。
 それから、休日はお互いに自分のことを優先したり、バイトを入れて違う人間とコミュニケーションをとるように努めた。一緒にスイーツの行列に並ぶことはあっても、数回に一回。
 十二年、一緒にいる。それは『十二年も』だし、『十二年しか』でもあった。轍の知らない面は常に存在し、生まれている。
 急に寂しくなって、オレはコーヒーの熱にすがった。
 それを見て、菊ちゃんは紅茶を啜る。
「大丈夫よ、轍くんは勝手にどっか行ったりしないわよ」
 まろやかな声に、オレは唇をもごもごと動かす。腹はあたたかくなるのに、背中がむずむずと痒くなった。これは、菊ちゃん察しているな。けれど、声音がとびっきり優しい。
「……うん」
 なんだ、不安だったんだな。頷いて、ようやく気づく。
 日々果の経営、轍の新しい友達、何かが変化する予兆だと思って、オレはナーバスになっていたんだ。

(続)

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