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「冷蔵庫のサンタ」


灼熱の夏の日、少年は学校でいじめられ、疲れ切って家に帰った。クラスのいじめっ子に嘲笑され、押し倒され、彼の心は沈んでいた。逃げ出したい思いが胸を締め付ける。

家に戻った少年は、気分を変えようと冷たいコーラを飲もうと冷蔵庫のドアを開けた。その瞬間、目の前に信じられない光景が広がった。冷蔵庫の一番下の棚に、小さなサンタクロースが座っていたのだ。

少年は驚いて立ち尽くした。赤い光沢のあるコートに、黒いマント、真っ白な髭が涼しげに揺れている。その非現実的な光景に、少年は幻覚かと思ったが、サンタクロースはじっと彼を見つめ、にっこりと微笑んだ。

「君は…サンタクロースなのか?」少年は戸惑いながら尋ねた。冬の象徴であるサンタクロースが、真夏に冷蔵庫の中にいるという事実が、少年の頭を混乱させていた。

サンタは軽く肩をすくめて答えた。「そうだよ、本物のサンタクロースさ。でも、外があまりにも暑くてね、ここで少し涼ませてもらっているんだ。」
少年はサンタの言葉を聞いても、まだ半信半疑だった。しかし、サンタの穏やかな表情と優しい声に少しずつ心を開き始めた。冷蔵庫の中で涼をとるサンタが、なんだか親しみやすく感じられるようになってきたのだ。

「でも、どうしてここにいるの?プレゼントを届けに来たわけじゃないんだろう?まだ夏だし…」少年はさらに問いかけた。

サンタは穏やかに笑いながら答えた。「実はね、僕はプレゼントじゃなくて、夢を届けるサンタなんだ。」

「夢を?」少年はさらに困惑した。「クリスマスの夜にいい夢を見せるってこと?」

サンタは少し陰のある笑みを浮かべた。「それもあるけれど、僕の仕事はそれだけじゃないんだ。実は、他の日にはちょっと違う夢を届けているんだ。」

少年は胸の中にざわめきを感じた。「もしかして…悪い夢?」

サンタは静かにうなずき、その表情には憂いが浮かんでいた。「そうだね。僕は悪夢専門のサンタなんだ。クリスマスを特別なものに感じてもらうためには、他の日に少し怖い夢を届ける必要があるんだ。そうしないと、みんなその価値に気づかないからね。」

少年は驚きながらも、その奇妙な話に引き込まれていった。「悪夢か…それってちょっと面白そうだな!」少年の目は好奇心で輝いた。

サンタはにっこりと微笑み、紫色の袋から真っ黒な粉を取り出した。「君が興味を持ってくれるなら、この粉を使ってみよう。その代わり、夏の間だけ、この冷蔵庫に住まわせてくれないか?」

少年はサンタの提案を受け入れ、その粉を慎重に受け取った。そして、ベッドに入る前に、サンタの言葉を思い出しながら、粉を枕の周りに振りかけた。粉が空気中に漂い、静かに彼の枕元に降り積もると、部屋の温度が一瞬下がったように感じられた。

その夜、少年は不気味な夢を見た。暗闇の中で、顔がぼやけた怪物たちに追いかけられる夢だった。彼らの嘲笑が耳に響き渡り、少年の心は恐怖で凍りついた。しかし、目が覚めると、何故かその夢がただの恐怖ではなく、自分の内側に何か新たな感覚を芽生えさせたことに気づいた。そして、その満足感の裏に、何かが変わり始めた予感があった。

次の日、少年はサンタに尋ねた。「どうして君は悪夢を届けるんだろう?クリスマスを際立たせるためだけ?」

サンタは少し考えた後、遠くを見つめながら語り始めた。「昔は、悪夢は一種の贈り物だったんだ。人々が自分の弱さや恐怖と向き合い、それを乗り越えるためにね。今の時代、人々は現実の中でも多くの恐怖に直面しているから、僕の役割も変わらざるを得なかった。」

少年はその言葉を静かに受け止め、自分が見る悪夢が単なる娯楽ではないことを理解した。その言葉は、彼にとって自分の恐怖とどう向き合うかを考えさせるきっかけとなった。

その後も少年は何度もサンタから悪夢を受け取り、その度に少しずつ強くなっていった。最初は逃げるだけだった彼も、次第に怪物たちに立ち向かう勇気を持ち始めた。そしてある夜、サンタは少年に特別な悪夢を用意した。「これは君が現実で直面している恐怖に立ち向かうための夢だよ。」

夢の中で少年は、彼をいじめるいじめっ子たちと対峙した。しかし、以前とは違い、夢の中の怪物たちに立ち向かう経験が彼に勇気を与えていた。少年は自分に「怖くない」と言い聞かせ、ついに彼らに立ち向かうことができた。

翌日、少年は現実の学校でも同じ勇気を発揮し、いじめっ子たちを退けた。サンタからの教えが、彼を強くしたのだ。

夏の終わりが近づくと、サンタは少し寂しげな表情を見せるようになった。少年はそれに気づき、彼が去る時が近づいていることを悟った。「もうすぐ僕はグリーンランドに戻らないといけないんだ。クリスマスの準備が始まるからね」とサンタはある日、少年に告げた。
その声には、長年の仲間や故郷を思うような懐かしさが込められていた。

少年は寂しさを感じたが、同時に心に新たな決意が生まれていた。「ありがとう、サンタ。この夏は本当に楽しかった。君がいなかったら、僕は退屈で死んでしまっていたかもしれない。でも、君が教えてくれたことを活かして、次の冒険を始めるよ!」

サンタは興味深げに少年を見つめた。「次の冒険?」

「僕はお化け屋敷を作るんだ。君が教えてくれた恐怖に立ち向かう経験が、僕を強くしてくれたから。他の人たちにも同じような勇気を持ってもらいたいんだ!」少年は胸を張って語った。

そのアイデアに感動したサンタは、少年に向けて感謝の気持ちを込めた微笑みを浮かべた。「それは素晴らしい考えだ。君ならきっと最高のお化け屋敷を作れるだろう。僕がいなくても、君なら大丈夫だね。」

その言葉には、サンタが少年の成長を認めた温かさがあった。

夏が終わり、サンタは冷蔵庫の棚から出てきて、少年と別れを告げた。「悪夢が必要になったら冷蔵庫を開いていつでも呼んで。」と言い残し、小さなサンタは消えていった。

その後、少年はその夏の経験を元に、お化け屋敷を作り始めた。サンタとの日々を思い出しながら、恐怖と楽しさを融合させる方法を追求していった。

数年後、そのお化け屋敷は多くの人々に恐怖を提供する場所となり、大成功を収めた。少年はその中心で、創造力を存分に発揮し、新しい恐怖を日々生み出していた。しかし、サンタからの教えを忘れることなく、人々が向き合える恐怖のバランスを常に大切にしていた。

時が経ち、少年が大人になり、家庭を持った。ある日、彼の両親からあの冷蔵庫を譲り受けた。冷蔵庫を見つめると、過去の夏の日々がふと心に蘇った。

冷蔵庫の扉を開けていると、アナグラムの遊びに飽きた幼い娘が近づいてきて、好奇心に満ちた瞳で中を覗き込みながら尋ねた。

「パパ、この冷蔵庫にサンタさんが住んでたんだって、本当?」

彼は微笑みながら、懐かしさと共に冷蔵庫を見つめ、優しく答えた。「そうだよ。パパが少年の時、サンタさんはここでひと夏を過ごしたんだ。でも、今はきっとどこか他の子の夢を見守ってるんだと思うよ。」

娘は少し考えた後、ぽつりとつぶやいた。「じゃあ、私もサンタさんに会えるのかな?」

彼は娘の肩を抱き寄せ、懐かしむように、そして含みのある笑みを浮かべながら言った。「そうだなぁ、サンタに会えるかはわからないけど、この冷蔵庫には、パパのお化け屋敷よりずっと怖い悪夢を呼び出すことができるんだ。」

娘は興奮して言った。「パパのお化け屋敷より怖いなんて最高!怖いものって本当に面白いじゃない。クリスマスの夜にぴったりだわ。」

彼はその言葉にクスリと笑いながら、娘の髪を優しく撫でて一緒に言った。
「悪夢が見たい!」



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