作品「ひきだし」


ひきだし
 
 
  彼の職場の机のひきだしには、拳銃が一丁かくされている。かくされているといっても職場のひとは皆、その事実を知っている。
 なぜなら彼は、仕事上のしくじりが重なり、職場でのいらいらが募ってくると、おもむろにひきだしから拳銃を取り出し、あたりかまわず発砲するからだ。拳銃といっても、どこかで拾ってきたような安っぽいおもちゃで、しかもタマが入っていないから引き金を引いてもカチカチとむなしい音がするだけだ。だから彼は「ぱん ぱん ぱん ぱん」と自分で大声を上げ、威勢をつけて撃ちまくる。
 職場のひとは皆、それが始まっても、ちらとしか見ない。僕はどちらかというと面白がって眺めている方だ。三十秒ほど、ぱんぱん叫びながら撃ちまくる彼を見て「もっと撃てよ」とか、「こっちには撃つなよ」とか、「ねらいはあいつだよ」とか思っている。
 撃ち終わった後、彼はいつも涙を浮かべて笑っている。僕は、そんな彼を見て、なぜかほっとする。そして、職場に再び平和と安定がおとずれる。彼は、子猫を扱うように拳銃をひきだしにかくす。いや、かくしたつもりでいる。
 それで彼の仕事が終わる。ついでに僕の仕事も終わる。
 
 
 
 
 
 
 



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