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帝国に挑む(7) ~お地蔵さん~


4月の終わりになると、学校の帰り道には桃色のツツジの花が咲いた。

ツツジは、花片の下から甘い蜜が出ていて、ボクは、帰り道にその蜜をチュウチュウと吸う。
いつだったか、「ツツジは毒があるらしい」という情報が回ってきて、不安で眠れない夜があった。

不安は大人だけのものじゃない。
あの頃のボクも様々な不安と戦っていた。


夕方。
いつもは昼間に買い物に行く母ちゃんが、夕方に料理の買い足しに家を出た時は、「もう二度と帰ってこないんじゃないか?」と、不安で潰されそうになった。
たぶん、テレビで観た「誘拐」のニュースに脅されたのだろう。

母ちゃんが買い物から帰ってくるまでの時間が、とてもとても長く感じた。

ようやく帰ってきた母ちゃんが、料理を再開する。
「母ちゃんがいなくなるかもしれない」と不安がっていたことが知られるとカッコ悪いから、ボクは必死で平静を装ったけど、ホントは、台所から聞こえてくる包丁の「トントン」という音にホッとしていた。


あの頃、テレビではUFO特番をよくやっていて、そこに出てくる宇宙人がイチイチ恐ろしかった。
テニスボールぐらいの大きな黒い目で、身体はカリカリなのに、屈強なアメリカ兵が次々と倒されていく。
いとも簡単に人間を拐い、身体にチップを埋め込むのだ。
CMに入る時のBGMは今でも覚えている。
あの音、怖かったなぁ。

UFO特番を観た夜は、おちおち寝れやしない。

「夜中に宇宙人がやって来て、家族の誰かを連れ去っていくかもしれない」と本気で思っていた。
夏の夜は、蚊が入ってこないように網戸は閉めていたけど、窓は開けっぱなし。
こんな網戸じゃ宇宙人の攻撃は防げない。
ボクは雨戸を閉めたかったんだけど、宇宙人に怯えていることを家族に知られたらカッコ悪いから、そんなことは口にしない。
布団にくるまり、たった一人で宇宙と戦った。
夜空が少しでも変な動きを見せたら、すぐに雨戸を閉められるようにスタンバイをしていたんだ。

結局、宇宙人は最後まで現れなかった。



不安で潰されそうになった時、いつも頼っていた存在がある。
通学路の途中の田んぼ道にポツンとある「お地蔵さん」だ。

その「お地蔵さん」がどういう役割で、そこに突っ立っていたのかは知らないけれど、学校の行き帰りは必ず「お地蔵さん」に手を合わせた。
「お地蔵さん」の社の中に、古い古い木の札があって、そこに、変な文字が書かれている。

「おん かかか びさんまえい そわか」 

調べてみると、地蔵菩薩の真言らしい。
あの頃は、それが、どういう意味かも知らずに、
母ちゃんが家を出ていった夕方のコタツの中で、
宇宙人の襲来に怯えた夜の布団の中で、
不安に直面する度に、目を閉じ、手を合わせて、「おん かかか びさんまえい そわか」と頭の中で3回唱えた。
「3回言えば願いが叶う」と思っていたんだ。
ツツジの毒さえも飛ばしてくれると。


まるでドラクエの復活の呪文のような無意味な文字の羅列でしかなかった「おん かかか びさんまえい そわか」という言葉を、今も覚えている。
よっぽど同じ手を使ったんだろうな。
よっぼど頼ったんだろうな。

今みたく弱い部分を誰にも見せることができなかった、あれはまだボクが弱かった頃の話だ。



https://note.com/entamelab/n/nbdda53eb14f2

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