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帝国に挑む(10) ~13歳の冬~


中学に入っても、すぐには身長が伸びなかった。
背の低い父ちゃんを見る度に、「ここからの伸びには期待出来ないなぁ」と溜息をついたもんだ。
 
背の順は前から4〜5番目ぐらい。
そういえば、「小さく前に倣え」というのがあったな。
全員が「コンセント」みたいポーズをとるヤツ。
何も疑わずにやってたけど、なんだアレ。

「最後は取っ組み合いで決着をつける」という田舎世界では、身体のサイズが、そのままヒエラルキーになる。
幸い僕は誰かと取っ組み合いになることは無かった。
…いや違うな。
取っ組み合いになったら負けちゃうことが分かっていたから、周りの顔色を伺って、逃げ伸びていた。
目つきの鋭い先輩とスレ違う度にビクビクしたもんな。
「冷水機」周辺に溜まっている3年の先輩達が怖かった。
カラオケボックス『レインボー』の前に溜まっている先輩達が怖かった。
あそこは学校の帰り道だから、厄介だったな。 
 
運動神経はそこそこ良い方だったけど、チビなので限界はあった。
オマケに頭は絶望的に悪い。
1番になれるような取り柄は持ちわせておらず、明るさと屁理屈だけで渡り歩いている自分の偽物感にはとっくに気がついていて、いつもガッカリしていた。


「このまま僕は何者にもならないまま大人になっていくのだろうか?」


今考えると、年頃の不安だな。
自分だけが抱えている不安だと思っていた。

思春期丸出し。
そんな僕に転機が訪れた。

キッカケをくれたのは同じバスケ部の宮崎君。
中学になってからできた友達で、家は多田神社の近くにあった。
私服はオシャレで、情報感度の高い男の子だった。
年上の兄弟がいたのかな?

「おもろいビデオがあるから、一緒に観ようや」と声をかけてくれたので、ホイホイと宮崎君の家までついていき、そこで、深夜番組のビデオを観た。

『すんげ〜!Best10』という番組だ。
 
それは、吉本興業の若手芸人さん達が小さな劇場からお届けするランキング形式のネタ番組で、番組司会は「千原兄弟」さん。
出演者は全員「近所にいるような年上のお兄さん」で、皆、ギラギラしていた。
「キラキラ」というよりも「ギラギラ」。

聞けば、その昔、あのダウンタウンさんも、この小さな劇場に立っていたらしい。
今田さんも、東野さんも、みんな、この小さな劇場から出てきたみたい。
 

『すんげ〜!Best10』は、これまで観てきたどのテレビ番組とも違った。
「これまで観てきたテレビ」と、「田舎の中学生の僕」のちょうど間にあった。

その日の1位は「ジャリズム」さんだった。
忘れもしない。
ラップのリズムに合わせて取り調べをする変な刑事のネタ。
もう、メチャクチャ笑ったな。涙を流して笑った。
「もう一回観せて!」「もう一回観せて!」と何度も宮崎君にお願いした。
 

あれは、小学生の頃から憧れていたテレビの世界に行くために、自分が何をすればいいのかを知った日だった。

あれは、身体が大きいわけでも、とくべつ頭が良いわけでもない、こんな僕でも、出場切符を握っていいことを知った日だった。

夢の手触りを知った特別な日だった。

帰り道は、いつもと違う道を選んだ。
それっぽい理由をつけることはできるんだけど、たぶん、そのどれでもない。

この胸の高鳴りが、父ちゃんや母ちゃんや兄弟が待つ暖かい家には不釣り合いな気がして、真っ直ぐ持ち帰らす、熱が冷めるまで外にいた。
あの日受け止めたのは、生まれて初めての、まだ名前もついていない感情だった。

誰かが歩く度に揺れる『コンニャク橋』の上で、「ああ。僕はテレビの世界に行くんだ」と気持ちを整理したことだけは覚えている。
胸は踊り、それ以上に膝が震えていた。

向こうから橋を渡ってきた人が、橋の下を見ていたので、視線の先を追いかけると、黒くて大きな鯉が泳いでいた。
「見えてる魚は釣られへんねん」とか何とか言っていた。
猪名川は河川工場が始まっていて、竹藪が切り倒されている。
川幅が広くなるのかな?
川の水はオレンジ色に染まっていて、カラスが群れをなして同じ場所を飛んでいる。

いつもの川西の景色だったけど、別の場所から見ているような気がした。

とっくに未来が始まっていたんだと思う。
未来に足を踏み込んでいたんだと思う。

あの日、宮崎君の家に行ってなかったら、どうなっていたんだろう?
違う場所にいるのかな。
それとも別ルートで、結局ココにいるのかな。

この人生は自分の意思で選んできたつもりだけど、こうやって振り返ると、どこかの誰かがココに来るように仕向けてくれたような気もするな。

オチをつけると嘘くさくなるから、もう寝よう。
一昨日、ニューヨークから帰ってきて、まだ少し時差ボケが残っている。





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