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彼方

  ……君知るや 彼の国
  檸檬の木は花咲く 暗き林の中に
  黄金色(こがねいろ)のシトロンは 枝もたわわに実り
  青く晴れし空より 涼やかに風吹き
  ミルテの木は静かに ロウレルの木は高く
  雲に聳えて(そびえて)立てる その国を
  彼方へ
  君と共に行かまし
  (梨木香歩『家守綺譚』より ミニヨンの歌(部分))

 THE PRESENTS、あるいは坂爪圭吾というひとにかかわることになった人びとが口をそろえて言うように、言いたい。
 こんなことになるなんて、一年前は夢にも思わなかった。


 今の生活について。
 平日は、勤めに出る。これは変わらない。休日は、調べものと書きものが格段に増えた。最初の頃、ノートパソコンの高さが合わないことに無頓着でいたせいで、首から肩甲骨にかけて巌(いわお)のように固まって、なじみのカイロプラクティックの先生に何があったんですかとまじめに聞かれた。
 noteは、一週間に一本くらい更新するつもりでいた。だいたい1000字書くのに1時間かかり、それ以上は集中力が保たない。THE PRESENTSについて書くときは2000字から2500字を、身辺雑記は1000字前後をめやすにしている。つまり理想は、長いものなら3日かけたい。時間の取れるときにこつこつ書いて、できるだけ丁寧に仕上げよう。そう思うのに、坂爪さんがかっこいい曲をアップしたり、ゆーほさんの昇格が決まったりして、全然予定どおりに進まない。だいたい平日の夜、食事のようなそうでないようなものをつまみながら、必死にキーボードを敲いて(たたいて)いる。ひとにはちょっと見せられない。けっして覗いてくれるなと言った、おつうの気持ちがよくわかる。
 お酒の量は、かなり減った。残念ながら、前向きな気持ちからではない。体に回った酒毒の浄化に、奪われる体力がもったいない。ひらたく言うと、飲んだら書けない、考えごとができない。ただでさえかぎられている時間が、ビールの泡のように消えていく。苦渋の決断という言葉の重みを、37歳にして知る。きっと世の中のひとは、呆れる。


 そうしてふた月。思うのは、まだまだ本気が足りない。
 武道館に行く。昇りつめるのではなく、降臨する。十全に自分自身でいる。おのおのがしたいことをして、それがハーモニーを奏でればいい。
 芯から理解できる。
 周りにはおそらく、ふた通りのひとがいる。
 同じように感じ、その思いと武道館を結ぶ道すじを見つけられないひと。
 課せられたミッションにアプローチする方法は幾つも思いつくけれど、そもそも興味を抱かないひと。
 必要十分な感性と知性を併せ持った味方には、まだ巡り合えていない。
 ならばせめて、自分の足りないほうを積み上げる。まずそこからと思いながら、こっちでいいかわからない、あっちのほうがよりよくはないか。すぐ手が止まる。よしたはずのお酒に手がのびる。


 ここで、タイムリミットが何年の何月何日にあたるのか計算してみた。
 高精度計算サイトが1秒で吐き出してくれた答えは、2023年8月11日。金曜日で、山の日だから、この日からお盆休みというひとも少なくないと思われる。六曜は、赤口。陰陽道では最凶の日取りらしいが、赤は火や血を連想させるそうなので、あえて詳しくは言わないけれど、ここは問題ないだろう。
 こうして目に見えるかたちにすると、心持ちは一変する。
 できるかぎりできることをする、の落とし穴は、それが簡単に甘えに置きかわってしまうところにある。何をやったらいいかわからないときは、何からやってもいい。ある点において正しいこの言葉の使い方について、今年ほど考えさせられた年も珍しいように思う。
 状況を見きわめ、判断をくだす。大きなお金の使い方を具体的にひとつひとつ定める。報道で知る、この国の手綱を握るひとたちの行いに、共感や連帯の念を抱くことは、ほとんどなかった。
 自分の周りを見回しても、その思いは強まった。勤め先で陰になり日向になり支えてくれたひとから学んだたくさんのことは、言葉にすると軽々しくなってしまうので、言えない。ただ、もしこの先、このひとが苦境に立つときが来たら、どんなことをしてでも助けようと思った。季節がひとつ前に戻ったような、冷たい雨が降っていた、緊急事態宣言下の4月の終わりの記憶。
 できるかぎりできることをするしかないけれど、自分なりの確信を持ってやる。
 まず考えて、考え抜いて、やってみる。結果が出たらきちんと振り返って、その次はもっと良かろうと思えることをやる。
 螺旋階段を昇るように、踊るように、進む。けっして終わりから目をそらさない。言い訳はしない。
 その気構えを、忘れないでいたい。

 裏方に志願したとき、Giさんが、武道館に行くにあたって、チームに女性性が加わるのもいいかもしれないと仰ったと読んだ。炊き出しのイメージ。
 本当に申し訳ないことだが、それを担うべき方は他に探すしかないな、と思う。
 想像する。武道館の奥、スタッフオンリーの扉を開けて、ふわりと漂ういい匂い、さざめく笑い声と温かな湯気。そこに居場所と仕事を得られる気が、どうしてもしない。
 女性たちの力強いエネルギーに満ちた空間を眺めながら、隅で小さくなってギターを爪弾いたり所在なく紫煙を燻らして(くゆらして)いたりする男のひとたちに混ざって何の役にも立たないほうが、しっくりくる。何かを生み出すということを、苦手に思うからかもしれない。あるいは、性格や考え方において、男性的な性質のほうがまさっているのかもしれない。
 THE PRESENTSの皆さんを見ていると、男の兄弟がいたらこんなかなと思う。もしくは、小学生くらいの時分に、皆さんが自分の弟の友だちとかいう設定で出会っていたら、楽しかったろうなと思う。ばかみたいな度胸試しやいたずらを、一緒になってしていたい。しずかちゃんみたいなマドンナに憧れる誰かを思いきりからかって、裏ではこっそりお膳立てをしてやりたい。
 発言や振舞いを、奇矯に思われることのほうが多かった。生きづらさの五文字は、あたりまえすぎて知ったときにぽかんとした。息がしづらい感覚も、頭の上に重しが乗せられているような気持ちも、ふつうのことではなかったのか。大人になって、言葉が通じるひとに出会えることも増えた。今年のこれは、何年かぶりの大きな収穫だった。
 それを求めていたわけではない。
 だからこそ心底有り難く、でも悔しいので絶対に言わない。
 お礼の言葉は、武道館への道すじをつけることで替える。
 また立場上でも、そうあるべきと思っている。

 来年、やりたいことについて。
 個人的な願望で、ほとんどはきちんとコンセンサスを取っていない。

 ライブにおける新型コロナウイルス感染症対策、および緊急時シミュレーションの策定、定期的な見直し。
 THE PRESENTS 公式サイト作成。
 THE PRESENTS 公式Twitterアカウント作成。
 武道館で行われるライブに行ってみて、いろいろ見てくる。
 武道館で一日ライブをする、という設定で企画書を書く。
 武道館に行くまでの進捗報告メールマガジンの発信。
 公的な助成の獲得をめざす。
 そのために、THE PRESENTSの社会的価値について言語化する。
 Giさん朗読イベント。←確定
 ラブレター作戦。くわしくはひみつ。
 グッズ作成(1000日カレンダー、写真集)。くわしくはひみつ。

 もしかしたら、とてつもない舞台に皆さんを送り出すことになるかもしれない。
 情勢に大きく左右されるうえ、こればかりはコンセンサスを取らないといけないので、くわしくは、とってもひみつ。

 それから、コードも覚えたい。
 音楽を楽しむのに、理論は必要ない。それでも、サポートしているひとたちが何をしているのか、よくわからないままでいたくない。

 ライブやコードの勉強は勝手にすればいいことだけれど、ほかは到底、この手に余る。
 みなもに一粒水滴を落として、静かな波紋を広げるように、仲間を増やしていかねばならない。
 ちなみに降臨マインドに、ねばならないは禁句と聞く。
 常のごとく、聞く耳は持たない。まあ見てておくれ、と思う。
 このあたりの割り切り方も、どんどん男らしくなっていくな、とちらと思う。楽しいので、よいこととする。

 彼方へ、君と共に行かまし。




 

 
 
 
 
 
 
  

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