見出し画像

「馴染みの一杯」

 まるで、青の絵筆で塗りつぶしたような空だ。
 中天に浮かぶ太陽にうすらと雲がかかっている他は、はるか高く澄みわたっている。
 時刻は、昼をまわったところで。
 はばたき飛ぶ鳥のシルエットが、黄色の大地――地平まで続く砂漠地帯を、すべるように横切っていった。
 その影を追うように錆交じりのオフロードバイクを走らせていたのは、ベージュ色の髪を風になびかせていた旅人――緑茶だった。
 丈の短いタンクトップに、レザーパンツ。
 ちらとのぞく腹部には大きな傷跡がはしり、片腕や脚には、使い込まれたオールドタイプの擬態が据えられている。
 バイク用ヘルメットに迷彩柄のジャケットを羽織り、緑茶は気の向くまま、『ゆるやかに終わりへと向かう世界』を旅している。
 目指すは、荒野を貫くように敷かれた滑走路の先。
 殆どひとの行き来がなくなった、寂れた空港だ。
 ひび割れた滑走路を進んでいくと、やがて朽ちかけた整備小屋のそばに据え置かれた、古ぼけたレシプロ機が見え始めた。
 緑茶がいつも乗っている、愛用のプロペラ機。
 その傍らに座していたのは、工具を手にした痩せぎすの老人で。
「やぁ爺さん、生きてるか?」
 片手をあげバイクを停めれば、気づいた整備士の老人が、フンと鼻を鳴らしながら顔をあげた。
 古めかしい大きなサングラスの奥には、旧式の義眼が並んでいる。
 こうして会うたびに、老人は緑茶の顔をまじまじと見つめるようにして、時間をかけて義眼のピントを合わせるのだ。
「……なんじゃ、お前さんか」
「なんじゃって、つれない言い草だね。――今日も整備はばっちりかい? ほら、いつもの差し入れだよ」
 声とともに掲げ見せたのは、オイルの詰まった水筒だった。
 人の行き来が途絶えたこの地では、わずかな量であっても、オイルを手に入れるのは一苦労なのだ。
 それは、偏屈な老人――この地に取り残された整備士ロボットも、例外ではないはずで。
「アンタもいい加減、人のいる街に行って整備(メンテナンス)をうけなよ」
「嫌じゃ。ワシはここで死ぬんじゃ」
「『死ぬ』だって?」
 ロボットの発した皮肉じみた言葉に、緑茶が肩をすくめて。
 ふいに向けた視線の先に、見たことのない機体が停まっていることに気づく。
「あっ、なにコレ!? 乗りたい! ねえ爺さん、これ動くのかな……!」
 バイクから降りて無邪気に駆け寄る様に、今度は老人が肩をすくめた。
「もう少しで整備も終わりじゃ。そこで待っとれ」
 そう告げると、土産のオイル入り水筒を大いに傾けて。
 腹ごしらえは終わりとばかりに、老人は整備の続きにとりかかった。


作中モデル:緑茶313さん

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?