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アコギ回顧録 番外編その⑬「“ハカランダ(Brazilian rosewood)は最高”という幻想」「“マホガニーは安物”という誤解」「質量」

 ギターを道具(弾くもの、使うもの)として捉え、プレイヤーの視点から見た良いギターとはどのようなものか?その答えを追い求めて50年余り。所有したギター本数も3桁に届きます!(現在126本まで確認しました)
 その答えと言えるかどうかわかりませんが、過去~現在を振り返って自分なりの考え方をまとめてみようと思いました。アコギ好きの方、興味のある方にとって、少しでもお役に立つことができれば幸いです。

「“ハカランダ(Brazilian rosewood)は最高”という幻想」
 アコースティックギター製作に使用される材のうち、サイドとバックに関しては最高と言われているハカランダ。その部分に対しては、異論を唱える人は少ないと思います。自分も否定するつもりはありません。
 
が、
 ハカランダであれば何でも良い、何でも最高!というのはちょっと違うのでは?と思っています。ギターの数だけ違う音がある訳で、ハカランダをサイド・バックに使っているギターもその例外ではありません。少し前に、材料のクオリティの差についてnoteに書きました。(アコギ回顧録 番外編その⑪ https://note.com/nishino30320/n/n747f48fde521)同じ材を使って製作された同じモデルでも、サウンドは微妙に違います。時と場合によっては、その差が微妙ではないことも少なくありません。はっきり言わせてもらうと、ハカランダを使っていても「何これ、ぜんぜん鳴ってないやん!」とか「えっ、ホンマにハカランダ?」という風なこともよくあります。現実はそうなのですが、ほとんどの人はそうは思っていません。ハカランダ=最高というイメージが独り歩きしてしまっています。
 業界(売り手側)はそのあたりを非常にうまく利用してきます。買い手側の心理をうまく突いて、さも価値があるように思わせてくることも多いです。
 
 新品のギターで考えればわかりやすいでしょう。設計が同じであれば、使う材は何であれ製作する手間は同じはずです。その考えどおりに行けば、材料の差しか価格に反映しないはずなのですが、実際はどうでしょうか?材の差からは考えられないほどの価格差(ハカランダものが高い!)ができているのではないでしょうか?

 売り手側にすればハカランダを使っているというだけでギターの付加価値を上げることができてしまうので、これを利用しない手はありません。“商売”という観点で考えれば、少しもおかしいところはないと言えるでしょう。指板にハカランダ材を使用!!という文句をよく見かけますが、単純に指板材としてならエボニーの方が上質であると思います。マーチンの18モデルも当初指板はエボニーでした。1946年に仕様変更があり、ハカランダに変わっています。
 1946年は仕様変更がたくさんありました。主なものを挙げると
・トップ材のスプルースがアディロンダックからシトカに変わる
・ネック補強材がエボニーからスティールに戻る
・指板、ブリッジがエボニーからハカランダに変わる
 
 年代的な要素もありますが、指板・ブリッジがエボニーであった時代の方が全体的な音の評価も高いようです。そういったところから自分の中ではハカランダとはいえ、どの部分に使用しても“最高の材”ということにはならないという判断をしています。またアコースティックギターのサウンドは様々な材の集合によって生み出されるものなので、逆に指板やブリッジがハカランダである方が好みであるということもあるでしょう。キッチリと数字で表せるようなものではないので、そこは悩ましいところでもあります。

Santa Cruz D-Tony Rice(1995)

「“マホガニーは安物”という誤解」
 正直に言うと、自分も長い間そういうイメージを持っていました。以前はマーチンのモデルの代表ともいえる18、28、35、45などの中で、一番安い価格帯にあるのが18モデルでした。(最近では16、15などのモデルも出てきています。)それも一つの要因でしょう。サウンド面で言っても、サイド・バックがハカランダ等のローズウド系のモデルと比べると、どうしても音が軽い(明るい)ので「何か頼りない感じ」というイメージを持っていました。これはドレーッドノートのようなサイズの大きいギターばかりを、フラットピックでガシガシ弾いていたことから来ていると思います。
 フィンガーピッキングを始めてからギター全体のサウンドバランスということをより考えるようになり、OOOやFタイプのギターを弾くようになってその考え方が大きく変わって行きました。スモースサイズのギターを長い時間弾いた後Dタイプを弾いたら「あれっ、低音しか鳴ってないやん!」と感じたことがありました。そういうことを何度も繰り返していくうちに「Dタイプって、低音寄りのギターなんや。」と思うようになりました。昔からよく聞いていた話で「ライブではDタイプだけど、レコーディングはOOO。」というのがありました。「レコーディングではDタイプは低音のエネルギーが大きすぎて、うまく録れない。その点OOOのようなサイズのギターの方はバランスが良くて録りやすい。」ということです。
 
 話がそれてしまいました。
長い間、自分の中の18のイメージ(サイド・バックがマホガニーのギターのイメージ)は“頼りない!”の一言でした。そのイメージを一番最初に変えてくれたのはSomogyiのキルトマホ(MD-Cutaway 2004年製)でした。

 その何年か後にマーチンの1951年製D-18をゲットします。これが自分の中のD-18のベストでした。チューニングの段階で(6弦だけで)「おっ、こいつは違う!」そんな感想でした。音が太く、低音の鳴りもそれまで弾いた18とはぜんぜん違うものでした。もちろん中音・高音も負けずに鳴っていました。このギターを手に入れてから後は、Dタイプのギターではサイド・バックがマホガニーのものがハカランダやローズ系よりバランスが良いのでは?と考えるようになりました。
 
 ワシントン条約によってハカランダの価格が高騰しましたが、後にホンジュラスマホガニーやコアもその規制対象となりました。現在ではローズウド種すべてが取引制限を受けているようです。
関連記事のURL
https://www.digimart.net/magazine/article/2016113002304.html
 
 マホガニーサウンド言えば、忘れてはならないのがギブソンです。ギブソンのギターサウンドのほとんどが、マホガニーかメイプルがサイド・バックのものではないでしょうか。
 J-45やJ-50、ハミングバードやサザンジャンボ等々がマホガニー。サイド・バックがメイプルのモデルには、J-200やダブ、J-185などがあります。
 ギブソンのマホガニーサウンドにもすごく魅力があります。知れば知るほどハマってしまう感じですね。繊細さよりも無骨さが特徴で、明るく力強いイメージです。個人的には、マーチンよりもずっとアメリカを感じさせてくれるサウンドだと思っています。マーチンとギブソン、それぞれにはっきりとした個性があって魅力があります。
 ギブソンには、ハカランダやローズ系のモデルが多くありません。それはマーチンとは違うサウンドを創り出そうとしていたからなのかもしれませんね。そしてそれをちゃんと創り出してきたギブソン、こちらも凄いです。

GIBSON J-50 1957年製

「質量」
 “アコースティックギターのサウンドを形成する重要なファクター”の一つが、質量ではないか?ということをずっと考えてきました。同じ材でも産地や年代、シーズニングのやり方や度合いによって、大きな差があるのは間違いないでしょう。重さが変わらなくても硬さが違うとか木目が違うとか、その違いも千差万別です。
 あまり細かくツッコんでしまうと訳が分からなくなってしまいそうなので、大まかな話をしようと思います。ざっくりですが、材の質量で考えてみようということです。かなりええ加減な解釈かもしれませんが、何となくじぶんなりに思っていることを書こうと思います。
 
 質量の小さいもの(軽いもの)で製作されたギター(マホガニーやコア)は明るく軽めのサウンド、ハカランダやニューハカランダ(ホンジュラスローズ)で製作されたギターは暗く重たい(力強い)サウンド。メイプルはその中間ぐらいの感じですね。(実際にはそれに加えて、甘さややさしさ、ふくよかさや張り、押しの強さなど多種多様な要素が加わってきます。)
 
 かなりおおざっぱですが、自分の持っているイメージです。長年ずっと思っていることですが、まあまあ当たっているのではないかと自分では納得しています。個人のイメージなので、他人から見たらどうでよいことなのかもしれません。ギターのサウンドを考える上での一つの切り口として、質量という観点で見てみるのも面白いのではないかと思います。

GREVEN D-HB Maple 2007年製

 拙い文章をお読みいただき、誠に有難うございます。皆様の感想、ご意見をお聞かせください。 またアコギに関する相談等がございましたら、どんなことでもOKです。遠慮なくお尋ねください。
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