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ブラック・タグ


 土砂降りの雨が、コンクリートの外壁をけたたましく打ち付ける。薬品臭く仄暗い一室。二人の男の荒い息遣いが、狭い空間に満ちていた。

 大男が口を開く。その長い腕は、白衣の男の首を壁に押し付け、磔にしている。

「おれは『先生』を探している。おまえが、知っていると」

 枯れた低音。粘る声が答える。

「躾がなっていないとは思ったが…そうか、お前は、彼女の作品か」

 格子窓から雷光が差し込み、大男の姿を映し出す。
 怪物じみた岩石色の皮膚が、丸太の如き前腕が、そしてその中ほどに嵌められた、墨色の金属環が。
 白衣の男は忌々しげに呟く。

「処置室の奴らめ、適当な仕事を…」

 続けて、彼は言った。

「あの売女の事なら、教えてやる。だが情報は引き換えだ。お前はどこの所属だ。目的は。名前は何という」

 視線を引きながら、彼は密かにポケットを探る。巧妙な時間稼ぎだ。
 だが。

「…名前も、何もかも」

 怪物が呟いた。その腕に俄かに力が籠り、吼える!

「お前らが奪ったんだろうがッ!」

 瞬間、ごきりと砕ける音がし、その四肢は力なく垂れて痙攣する。
 逆上し全身を紅潮させた大男は、しかしすぐに項垂れ、骸を静かに横たえた。


「メイ、終わった。出てきていい」

 入口の扉の影から、一人の少女が顔を出す。彼女は言った。

「これで信じてくれた?」

 男はゆっくりと首を振る。

「知っていそうだったが、聞き出せなかった。判断はこれからだ」

 男は心底嫌そうな溜息と共に座り込む。少女は手近なデスクの上に座り、彼を見下ろした。

「どのくらいで入ってくるものなの?」

「わからん。だが、記憶だけなら、少しでいい」

 彼は端的に答えると、死骸の右腕を千切り、咀嚼を始める。少女はその光景を、黙って見つめていた。

 頬杖をついたまま、メイは呟く。

「あたしはさ、おねーちゃんの味方だけど。でも、キミにつけたチカラがそんなのだってコトだけは、怒られて然るべきかなって思ってるよ」

 彼女はそう言って、僅かに口元を緩ませた。


【続く】

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