童貞の頃だったからこそ強く惹かれたもの①小説金閣寺/三島由紀夫
この小説は、金閣寺の美に憑りつかれた学僧が、それに放火するまでの経緯を一人称告白体の形で綴った物語である。
この主人公は見たこともない金閣寺に美を見出して心酔する。
彼は童貞である。
冷静に考えて、一般的な童貞の視野の狭さと衝動的な行動だ。
この小説のすごいところは、そんな童貞くさい内容を、文体、形容、論理でもって美しく、正当性を帯びて脳みそに染み込ませるその巧みさにある。
一節を紹介しよう。
私を焼き亡ぼすだろうという考えは、私をほとんど酔わせたのである。同じ禍い、同じ不吉な火の運命の下で、金閣と私の住む世界は同一の次元に属することになった。私の脆い醜い肉体と同じく、金閣は硬いながら燃えやすい炭素の肉体を持っていた。そう思うと、時あって、逃走すると賊が高貴な宝石を飲み込んで隠匿するように、私の肉のなか、私の組織のなかに、金閣を隠し持って逃げのびることもできるような気がした。
拗らせ童貞の妄想が文章という媒体でもってこんなにも美しく享受できるのである。
この小説を初めて読んだ童貞の頃の私は、三島由紀夫の論理と表現が生み出す文章の美をより多く享受したいと思った。
きっとそれは当時の自分を肯定し、なおかつ美しく見えたからであろう。
主人公が金閣寺に抱いたのと同じようにこの小説に心酔していた。
心酔とは童貞の特権なのかもしれない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?