Kさんのこと 単なる思い出の話。
こんな暑い日はKさんのことを、唐突に思い出すことが在る。
当時たぶん40歳ちょい手前。
背丈は180以上、大柄でゴツい体つき。
長髪を結び、髭面、腰に大きなインディアンナイフを腰に差しているKさんは、道であったら絶対に避けるタイプの人だった。
今から40年くらい前、鎌倉に近く、海から500メートルくらいの県道沿いにKさんのバーはあった。
看板はなかった、ただ、店は全面ガラスドアで外から丸見え。
ウッドばりの船室をイメージした店で、天井にはブラックライトで輝く月面のポスター。
Kさんは、「ジミクリ3年 ボブマリ8年」というように、
レゲエは毎日聴き込む主義の持ち主だったので、BGMはレゲエ一本。
メニューなんて無い。
フードもない。
つまみは、ミックスナッツだけ。
いるのは、腰にでかいナイフを差した大男。
まあ、とにかく一見さんは入りにくいタイプのバーだった。
そんなバーではカウンターは、小柄で日焼けした可愛らしい奥様のY子さんが担当していらして、
Kさんはカウンターの隅の席に座って、ミルクを飲みながら文庫本を
読んでいるのが日常の風景だった。(Kさんは、下戸だったのである)
Kさん自身、ロングボード乗りのサーファーだったので
週末ともなると、店はサーファー野郎で満員、そこにローカルの
不良青年少女が加わって大騒ぎ。
酔いが進むと、野郎は当然のように、全員上半身裸になってしまい、
外から見ると怪しい趣味の方々が集う店のように見えたりした。
すると、当然ケンカ騒ぎが起きる。
そんな時、Kさんは無言でケンカをしている2人の首根っこを掴んで
店の外に放り出して、
「ウチは関係ねえ」
とシャターをガラガラと下ろしてしまうのだった。
ある日、東京から来たカップルがKさんのバーに来たことが会った。
もちろん、初めて見る顔だ。
オシャレなバーだと勘違いしたのだろう。
20そこそこの男はしきりと、女の子に話しかける
「東京もいいけど湘南もいいね」
「よく湘南くるけどさ~」など
湘南とひとくくりにしているが、ローカルにとっては
七里とか腰越とか鵠沼とかそれぞれ愛着があるので
ひとくくりにされるのは苛つくことなのだ。
当時はバイオレンスな時代で
浜で生意気な東京サーファーが、ボードをへし折られた上に、
パワーコードを首に巻かれて
波打ち際をずるずると引きずられていたものだった。
横浜の本牧や根岸あたりでは、ローカルを苛つかせた東京ナンバーの車がよく近くの川にぶち込まれていたりしたそうな。
くだんのカップルの湘南話が盛り上がるほどに
近くにいるサーファーの胸筋がピクピクしてしまっているという中
男が
「サラダってある?」
とY子さんに、軽い口調でたずねてしまった。
すると、Kさんが立ち上がった。
首根っこプレイ発動かーと思ったが
なんとKさんが
「あるよ。」
は?
いや、無い。見たこと無い。
Kさんは、カウンターに周り、冷蔵庫のドアを開けて
パックのカイワレ大根を取り出した。
腰のナイフを抜き、パックの上からカイワレ大根の根本を
ドスンと切り落とした。
カイワレ大根を皿に乗せ、上からブリブリっとマヨネーズをかけて
「はい、サラダ」
と出して、またカウンター隅の席にどっかりと腰をおろして
文庫本を読みだしたのだった。
カップルはそれから2分くらいで帰った。
Kさん、あの頃、ネットが無くてよかったですね。
いま、どこにいるんですか?
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