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「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ」の書き出し1文を読んでみた。

何百という顔が、一様に同じ方向を見つめていた。

「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ」武田綾乃

好きな小説をあらためて読む。なぜこの1文から始まったのだろう。

なになに?どういう状況?と思わせる書き出し。
何百人もの人が同じ方向を見ているとだけ書かれると、まったく内容を知らない人は何を想像するのだろうか。
ローマ教皇を決めるコンクラーベとかか?

本作は高校の吹奏楽部を舞台にした作品で、冒頭は主人公、黄前久美子の中学時代の回想である。
シーンは、中学校の吹奏楽コンクールの結果発表。
1校当たり何十人もの演奏者がいて、それが何校も集まっている。
さらに、それぞれの学校のサポートメンバーや教職員、応援者、大会関係者もいるので、1つの会場がたくさんの人で埋め尽くされる。
そして、そのほぼ全員が静粛に、ステージで行われる結果発表を待っているという状況。
だから何百人が一様に同じ方向を見ていたわけだ。
ただ、「一様」なのは視線だけかもしれない。

冒頭のプロローグを読み進めると、久美子の中学校は金賞を受賞したことがわかる。ただし、上位の大会に進むことは叶わなかった。
その結果を受けて、久美子や周りの部員たちは安堵し、喜ぶ。
だが、ただ一人、のちに久美子の親友となる高坂麗奈だけは泣いて悔しがっている。もっと上を目指していたからだ。
久美子と麗奈、この時点での2人のコンクールにかける思いには乖離がある、という本作のスタートである。

しかしまあ、同じ組織に属していても、人によってこうも感想が変わるのだなと思わされる。
人間が「面倒くさくて、おもしろい」のは、この書き出しのように、同じ場所にいて同じ方向を見ていても、それぞれの思いは違っているところだと思う。
人はみな違うからこそ、愉快なことも起きれば、誤解も生じる。その結果、友情もわだかまりも発生するのだろう。
違いがぶつかったり、ぶつかって変化したりすることで、おもしろいドラマが作られていく。
やっぱり、青春群像劇ってやつは良いな。
特に中高の部活動という、ある種異様な団体組織が作る雰囲気は格別だ。

主人公と親友、本作の主要人物のルーツはこの書き出しからだった。
彼女たちはこれからどんな経験をして、どんな人物になっていくか。
2人の物理的なスタート地点はそろってますよ、同じ場所にいて同じものを見ていたんですよ。という冒頭部分。
どこに向かって走るのかはわからないが、「位置について、よーいドン」的なわくわくする書き出しだと思う。

≪前回取り上げた小説≫


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