見出し画像

2024年に向けて

一年中常夏のスリランカにおいて、全く年末感を過ごすことなく今日まで来た。もう、この感じなら年末感を感じることなく駆け抜けてみようか?と思ったが、気付けば紅白歌合戦を見ていた。ああ、いよいよ2023年も終わるんだなぁ…

とは言っても、私の中で2023年はまだまだ始まったばかりな気分でしかない。そんな気持ちを表すかのように、以前「にしはるさんにとっての今年の漢字は何ですか?」と聞かれた時に私は「準備の準」と答えてた。それぐらいこの1年「スリランカに行く」ってことが常にどこか頭の中にあった。

もちろん、その中でもコマーシャルギャラリーで展示が出来たり、しばしの長野生活があったり、Youtubeを始めたり、色々あったけどね。

年末の日本の歌番組で日本の歌とかを聞いて、私はもう涙が止まらない。日本で見てた景色とか感じてた豊かさとか、それを言葉にして何倍も味わってた感じとか、とにかくそういうものが今は恋しい。
スリランカにもスリランカ的な豊かさがあるのだと思う。けれど、それを今言葉にしようと思っても、イマイチしっくり来ない。それもそうで、言葉が違うのだから、今までと同じような言葉ではインプットもできないしアウトプットも難しい。

スリランカに来てから、スリランカを感じること以上に自分が日本人であることばかり考えさせられる。洗濯物のTシャツ1枚が風にたなびく様子を言葉にすることは出来ても、その気持ちで外に出たら、すぐに車に轢かれそうになる。何と言うか、細さとか繊細さとかが全然求められてない気がする。でも、今まではそんな事すら気付きもしなかった訳で、そう思うとスリランカで一定期間生活をするということは本当に貴重で大切な経験だと思う。

寂しいとか、日本に帰りたいとか、そういう気持ちかと言われるとそうでもなく、遠い先のものを望む気持ちをどう表すのか、まだしっくり来る言葉が見つからない。たぶん、どこかの本には書いてありそうだけれども。
それぐらいフワッとしてて、それでも何か不足感はある感じ。恐らくこれぐらいの不足感がたぶん何かしらのアドバンテージに繋がると思う。

これは2024年の目標というより、2年間の目標になるかもしれない。でも日本に帰るまでにはスリランカの人達が感じてる豊かさを少しでも感じられたら良いなと思う。

今朝、部屋のドアを開けたら1cmぐらいの虫がひっくり返っててそれに無数のアリが群がっていた。最初ばかりはビックリしたけど、まじまじ見ていくと凄い生命力だよなぁって感じる。それから5分後ぐらいに見たら、アリの大群は死んだ虫と一緒に少し移動してた。なるほど、巣に持って帰りたいんだな。それからちょっと目を離した隙にアリと死んだ虫はいなくなってた。さっきまで群がっていただけのアリが凄いスピードで個体の何十倍もある虫の死体を移動させたようだ。そう思うと、なんか感動した。いやぁ、たぶんこれがスリランカなんだよなぁ。

新居に移って、しばらくはキッチンにアリがいることがとにかく気になってた。けど、彼ら(アリ)はどうやらキッチン内に巣を作っていそうな気配がした。もう、ここまで来ると彼らとの共存を考えるしかない。
たまに体に登ってこられるのは嫌だけど、もうそれ以外は循環ってことで、全部許容しようと思う。

100円からサポートを受け付けております。こちらの記事が気に入った方は、サポートして頂けると幸いです。よろしくお願いします!