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写真家・濱田英明氏、オンライン・リーディングパーティー。制限された状況のなかで

2020年5月16日、土曜日の夜。写真家・濱田英明氏によるオンライン・リーディングパーティーが行われた。文字通り、オンラインで行われる読書会だ。題材に選ばれたのは、濱田氏が昨年7月に上梓した自費出版写真集『DISTANT DRUMS』。

このオンライン・リーディングは、著者自らがページをめくり、画面上で見ているひとが同じようにページをめくることで成立する。つまりこの催しは、写真集を手にしていることが(もちろん強要などまったくないが)望ましい。参加して思ったのは、「写真集が手元にないと、その10分の1も楽しめないだろう」ということだった。その理由は、文章の後半で説明する。

オンラインという形式以外にも、このリーディングパーティーは少し変わった仕組みを採用している。それらを箇条書きで書き留める。

・インスタライブで行なう
・映像は真俯瞰の固定。フレーム内の8割は見開きの写真集が占める
・画面に映る人物は、濱田氏のみ(途中から、くまのフィギュアが登場する)
・著者(濱田氏)は、ページをめくったり飲み物を飲んだりするときの両手のみ登場する
・映像から音声は拾えるが、ライブ中、著者は一言も発しない
・写真の解説を、Twitterの専用アカウント(@amiHamadaHdk)でリアルタイムに発信する
・飲み物とお菓子の持参が推奨される

始まりは22時で、深夜0時まで丸2時間行なった。このライブに参加していた人数は、280〜320人くらいだったと思う。この人数を多いと見るか少ないと見るか。

濱田氏のインスタグラムのフォロワーは、今日現在で37.9万人いる。Twitterは4.3万人だ。

その膨大なフォロワー数に比べると、ライブ参加者の数を物足りなく感じるかもしれない。もしそう思ったなら、それは大きな誤解だ。このライブは、「写真集を買った人」という前提がつく。さらにリーディングパーティーの告知はほぼTwitterで行われていたので、濱田氏のTwitterのフォロワーでもあり、写真だけでなくツイート(言葉)に関心を持ったひと。さらに言えば、土曜日の22時から少なくとも1時間くらいはライブに時間を差し出せるひと、と条件がつく。これらをクリアする参加者の数がSNSのフォロワー数に比べ少なくなるのは、想像にかたくない。

つまりこれら条件をクリアして集まった300人というのは、濱田英明氏の熱心なファンなのだ。ライブ中にミルクティーがこぼれようが、クッキーを食べてお腹が鳴ろうが、それらすべてを許容するファンなのだ。こんな文章を書いているくらいだから、ぼくもまた濱田氏のファンだ。濱田氏のツイートを日常的に読み、インスタの写真を見、また幻となったnoteのラジオを今でもたまに聞き返している。

ファンにはわかる。世の中には、ファンの心理的安全性が保障された空間というのがある。昨夜のインスタライブは、まさにそうだった。

だが、ぼくには個人的に心配している事柄があった。この文章を読んでいるひとは、おそらく濱田氏のファンだろう。そのためぼくの個人的な心配事などまったく関心がないのはわかっているが、この先の文章を続けるため申し訳ないが前提を共有してもらいたい。

ぼくは、「作品に対する著者の解説は不要」という立場を取っている。それは写真であれ、小説であれ、映画であれ、だ。作品は世に出した時点で、それを鑑賞するひとの数だけ解釈が存在する。

「この作品に込めたメッセージとはなんだろう」
「この作品はどういう背景で作られたのだろう」

そういった想像を含めて、作品は楽しまれるべきと思っている。そこに作者自身の解説が行われると、神の立場からの「正解」が提示されることになる。世界を創造した神が「正解はこれだ」と言ったなら、それに従うほかない。つまり作品の余白は、その時点で失われてしまうのだ。

そのためぼくは、このリーディングパーティーに参加することで、余白を失うのではないかと心配していた。しかしそれは杞憂に終わった。「この写真は〇〇をテーマにしていて、朝の時間帯にサイド光がいい感じに被写体に入っていて、絞りはf2.8を選択して、……」そんな詳細な解説は一切行われなかった。むしろ語られなさすぎるほどだった。

ご興味ある方は、解説用のツイッターアカウントを読んでみるとよい。

具体的な記述は、撮影地くらい。ページ構成の解説はあるが、写真そのものを解説する言葉は、ほぼ、ない。

ポイントとなる写真では、連続のツイートで踏み込んだ解説を行なっている。しかしそれらは、濱田氏がどういった考え方や姿勢で写真を撮っているかという、本質的・根源的な説明だ。根源的なものなので、その解説はすべての写真に当てはまることとなる。

つまりひとつの写真を元にした解説は、写真集のすべての写真に通じ、さらに写真集以外に発表している作品も網羅していく。解説を読んでいるものは、ディスプレイに固定された写真を見つめながら、濱田氏の世界観そのものを理解することとなる。

これら解説が、Twitterという書き言葉で発せられるのもポイントだ。インスタライブは音声も拾えるので、写真をめくりながら口頭で説明していったほうが楽だったに違いない。濱田氏がタイピングしている間、画面は静止画となる。300人の視聴者を待たせながらタイピングで伝えるという選択は、きっと心苦しいものだっただろう。それでも(Twitterでの解説を選択した氏の考えは推測するしかないが)、それは結果的に成功していた。

口から出る言葉は、発した瞬間にどんどん流れていってしまう。聞いている人は、自分で思考する時間を持てず、ただうなずくだけになる危険がある。しかしとぎれとぎれになりながらTwitterで解説が書かれれば、読み手にはそれを解釈する時間が与えられる。その時間的余裕が、参加している自分としては良かった。もちろんこのようなタイムラグが生じる解説も、濃いファンが集っている心理的安全性が担保された空間だから実現できたのであろう。

ここまで読んで、「では特定の写真について、まったく言及がなかったのか」と思われるかもしれない。そんなことはない。濱田氏自身が特に気に入っているという何点かの写真については、ある程度詳細な記述がなされた。なかでも砂丘の坂道を駆け上がっていく男の子の写真は、濱田氏の写真が好きな人なら誰しも目にしたことがあるだろう。

この写真で氏のページをめくる手が止まり、タイピングの音が聞こえ始めたとき「これはどういう経緯で撮られたものだろう?」と解説を心待ちにする自分がいた。すると、しばらくしてTwitterに文字が浮かんだ。

き、奇跡かあ…。なんで撮れたのかわからないのかあ…。

でも勝手なファン心理で申し訳ないが、「この写真は、ほとんど奇跡だった」これが解説としては十分なのだ。撮った際の状況や、絞りなど設定はどうで、と現実的な言葉が入ると、(少なくとも自分にとっては)この写真の良さが失われてしまっただろう。足元のはねている砂や、砂と空のコンストラストや、そこに溶け込むTシャツや髪の色など、すべて「奇跡」だったのだ。千百の言葉より、その漢字二文字が雄弁だ。

さて、この文章の最初に「写真集が自分の手元にないとその10分の1も楽しめないだろう」と書いた。その理由を述べるなら、それはフィジカル(身体的)な体験がある。

オンラインのリーディングパーティーなので、フィジカルさに欠けるのは言うまでもないことだ。しかしこの欠けている部分を、濱田氏は埋めにきていると強く感じた。

まず著者と同時にページをめくる、という物理的な行動がある。コメント(発言・質問)をインスタライブやTwitterのリプライで行なうこともできる。そして氏自ら、開催前に「飲み物とお菓子を用意してください」と呼びかけている。これで、味覚や匂い、食べ物を咀嚼する触感もリーディングパーティーの記憶として残る。

写真集がなくとも、このリーディングパーティーはある程度楽しめるだろう。しかしそこには、「オンラインでリーディングパーティーを見た」という表層的な記憶しか残らないかもしれない。ページをめくり・お茶を飲み・ハートマークを押し・お菓子を食べ・手を拭いて・また次のページをめくる。ぼくはこの一連の動作が、映像とともに強く記憶に結びついている。つまりこれは絶え間なく流れるオンラインの暇つぶし映像ではなく、自分の身に確かに起こった体験なのだ。

体験といえば、このインスタライブ中に印象的な出来事があった。濱田氏は何度も、パソコンのディスプレイの光を気にしていた。パソコンの光が入ることで、デスク上の色が意図せず変化することを嫌っていたのだ。

これはつまり、ディスプレイの青白い明かりは想定外だったということだ。想定外ということは、もともと想定していた「完成形」があることを意味する。写真家が完成形にこだわるとすれば、それは作品を作っているという意味にほかならない。

ぼくは(そして参加している多くの人は)、ここで気づいたはずだ。このイベントは、ただの読書会ではない、と。写真集を買ってくれた人へのファンサービスでもない。これは濱田英明氏の、作品のひとつなのだ。土曜日の夜という時間帯も、インスタライブという形式も、フレーム内の写真集の位置も、見切れているティーカップや村上春樹の書籍も、そしてもちろんそれらを見つめている300人のファンを含め、濱田氏は丹念にひとつの作品を作り上げていたのだ。

ここでぼくはひとつの言葉を思い出した。

ONLY IMAGINATION MAKES YOU STRONGER(想像力だけがあなたを強くする)

これは新型コロナウイルスで自宅待機を余儀なくされたクリエイターに向け、濱田氏が立ち上げた小さなプロジェクトだ。

用意したフレームを用いて、自分の写真を当てはめて発信する。ただそれだけのごくシンプルな立て付けで、「外へ出れない今だからこそ、想像力を使って作品を作り上げよう」とフォロワーへメッセージを送った。そうすることが、あなたの作品を、ひいてはあなた自身を強くするのだ、と。

客観的な視点で見て、濱田氏にとっても、このリーディングパーティーは一朝一夕で生まれたものではないだろう。新型コロナでアトリエにこもる日が増え、「ONLY IMAGINATION MAKES YOU STRONGER 」や「海だけを映すインスタライブ」など、SNSを使ってのクリエイティブな発信が増えた。その延長に「STAY SAFE SALE」と銘打った写真集の販促があり、オンライン・リーディングパーティーの思いつきがあった。開催する前に手探りのリハーサルもあった。それらすべてが、昨日の夜へつながったのだ。まるですべての伏線が回収されるように。

鳥肌の立つ思いで画面を見つめていると、氏の作品で有名なもののひとつ、エッフェル塔の影を写した写真でページをめくる手が止まった。濱田氏はその隣のページに白い紙を置き、ペンを走らせ始める。

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「あなたはこの写真に何が見えますか?」
「Only Imagination makes you Stronger 」


5月にしては肌寒い土曜の夜、新型ウイルスという思ってもいない状況に世界中の人々が巻き込まれ、途方にくれている夜。濱田氏の手掛けたオンライン・リーディングパーティーという作品は、静かに終わりを告げた。ここでぼく自身の無粋な言葉を使ってもしょうがない。濱田英明氏の終了直後のTweetを載せる。

失敗もファンには歓迎だ。なぜなら、次回の開催を心待ちにする理由が増えたのだから。

もしリアルタイムで参加できなかった濱田さんのファンがいるなら、次回はがんばって予定を空けましょう。そのときは、温かい飲み物とたっぷりのおやつを忘れずに。

アーカイブが残っています。

写真集『DISTANT DRUMS』の販売サイト


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