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カクウホンヤメグリ1 ブックカフェ センキ堂

 どこにでもあるような、昔ながらの住宅街。ふと通り過ぎてしまいそうなその片隅に、《ブックカフェ センキ堂》はある。もともとは三十年以上続いた魔法書専門古書店《仙鬼堂》だったが、オーナーの高井登美次さんが高齢のため、その歴史に幕を下ろすことになった。

 古びた外観はそのままに、店内はカフェスタイルに大改装。木目を生かした壁とテラコッタタイルを敷いた床がかわいらしい、落ち着いたデザインに生まれ変わることとなった。屋号は歴史を受け継ぎながらも、新しく。そんな願いを込めて《センキ堂》となった。

  さらにブックカフェというだけあって、店内の本棚には本がたくさん。新刊だけではなく、古書店時代から引き継いだ古書も置かれている。小説から画集までいろんなジャンルの本が並ぶが、全て魔術をテーマとしたもの、というのがこの店のモットー。勿論、これらの本は購入することができる。

 現在の店長は、祖父である高井さんから店を引き継いだ守屋朱鷺子さん。彼女がカフェスペースの担当だ。カフェ、といってもメニューは日替わりのコーヒーと焼き菓子だけ。その日何があるかは、聞いてみてのお楽しみなんだとか。

「その日その日の出会いを大切に、楽しんでほしいんですよね」

と守屋さん。取材の日はシンプルなクッキーがちょこん、と小皿に乗って出てきた。このお皿がまたかわいらしいデザインである。お店で出される皿やカップは、守屋さんがこだわって集めたもので、全て違うデザインなんだそう。「今日はどんなお皿かな?」なんて、楽しみ方もできそうだ。

 ところで、カフェ担当がいるなら、書籍担当はまた別にいる。この店の書籍担当は守屋さんの高校時代の同級生である、錦莞爾さん。もともと《仙鬼堂》の常連でもあった錦さんは、守屋さんとは《悪友》だと笑います。

「お互いに昔から、自分の店をやりたいと言っていたんですよ。僕は本屋、トキ(守屋さんのニックネーム)はカフェをね」

 そんな夢をかなえたのは、つい数年前のこと。仙鬼堂の閉店に際して行われた《登美次さん引退お疲れ様会》で再会したのがきっかけなんだとか。

「そこからは、話がとんとん拍子に進んで。いつの間にか莞爾と一緒に店をやってるんだから、びっくりです」

 そんなふうに笑う守屋さんは、地元の高校を卒業した後県外の調理師学校へ進学。東京や大阪など、各地の飲食店で働いてきた。そんな守屋さんが帰郷を決めたのは、やはり祖父である高井さんの引退がきっかけだったそう。

 その頃、高井さんは八十歳を超えて人生初めての入院を経験。幸いすぐに退院できましたが、これからのことを見据えて閉店を決意されたそう。そんな状況を常連として近くで見ていた錦さんは、「仙鬼堂と古書を守りたい」と店の後継者となることを高井さんに直談判したのだった。

 そんな錦さんも、高校卒業後は一度地元を離れている。東京の大学で魔術を学び、卒業後は実家の《魔道具 にしきや》で働き始めた。今でも《センキ堂》の合間を縫って、勉強のために、にしきやに立つこともある。

 ちなみにこのにしきや、創業は江戸時代末期というかなりの老舗。地元ではかなり有名なのだとか。

 高井さんは、常連とはいえ他人の錦さんにお店を譲ることは考えていなかったのだが、そこへ守屋さんが加わったことで、話が動き始めた。お店を譲るのは守屋さん。でも、本を譲るのは錦さん。そんな経緯でセンキ堂は始まったのだ。

 そんなセンキ堂には、古書店時代からの常連だけでなく、カフェが目当ての客も訪れる。時には、カフェの客が本を買っていったり、書籍目当ての客がカフェを利用したり。そんなふうに、ブックカフェならではの賑わいがあるこの店、開店当初は店を覗くものの、見ているだけの人も多かったらしい。

「急に古書店からブックカフェになった訳ですから、戸惑う人の気持ちもわかります」

 と錦さん。錦さんはかつての常連たちにも声をかけ続け、その家族や友達に、じわじわと口コミが広がっていった。

「莞爾がいてくれて、本当に助かったんだよね。私は前の常連さんとは繋がりがなくて」

「そう言ってもらえると、ありがたいけど。でも、トキがいなかったらと考えると、僕だけでも駄目だったでしょうね」

 そんな悪友二人がいるからこそのイベントも、この店ではたびたびおこなわれている。それが、《コーヒー×読書の会》。コーヒーを飲みながら、一冊の本をテーマに語り合う会。この会のファンという客もいるほど、毎回盛り上がりを見せているのだとか。

 取り上げられる本は錦さんが決めることもあれば、常連客が提案することもある。例えば前回は『魔法の靴、魔法の傘』。著者であるメアリアン・ヒースが1920年代に発表したこの本は、魔法を主題とした童話としては最初期のもの。100年近くの間、何度も出版されているこの本は、センキ堂の常連であるAさんの愛読書だ。

「お互いに好きな本を勧めあう会、みたいになってますね。僕も読んでこなかった本を知れるので、助かります」

 そんな新しい交流も生まれつつあるセンキ堂。これからの目標は、常連客を増やしていくことだそう。

「いろんな人と、お話してみたいですね。私も最近は本を読むようになって。お客さんのおかげです」

 守屋さんは笑う。

 最後に、書籍担当の錦さんにおすすめの本を聞いた。『文献から見る日本の魔術史学』。こちらは、錦さんの学生時代の恩師の著作。魔術史学とは、文字通り魔術の歴史を研究する学問。この本を読んで専攻をきめたという、まさに人生を変えた一冊だそう。魔術史学に興味を持った時、入門書として読んでほしいという。

 コーヒーと焼き菓子、そして古本の香りが漂うブックカフェ。《縁》を探して、今日も人が行きかう。

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 Twitterで言ってた企画「カクウホンヤメグリ」、書いてみました。続くかもしれない。

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