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カクウホンヤメグリ3 ヒカリとカゼとユメ

 その書店があるのは、島だった。といっても人口は一万人ほど。島としては大きな方だ。本土と行き来するフェリーが止まる船着き場、そこから十分ほど歩いたところに書店、《ヒカリとカゼとユメ》はあった。

 昨年オープンしたばかりのこの店、名前の由来は中島敦の小説、『光と風と夢』だ。

「主人公のスティーヴンソンが南の島に移住したことになぞらえて、この名前にしました。この島は、南の島ってほど南にはありませんが」

 そう笑うのは、店主の高羽みさきさん。彼女は島の出身ではないが、夫の啓太郎さんは生まれも育ちもこの島だ。啓太郎さんは大学への進学するにあたり島を出、そして学生時代に二人は出会った。結婚し都会で暮らしていたものの、第一子の妊娠を機にこの島に移住したんだそう。

「夫はもともと、都会への憧れもあって、島を出たんです。でもお盆なんかに帰省するときに、島の良さっていうのが身に染みていたみたいで」

 それでも、啓太郎さんが独断で移住を決めたわけではない。むしろ、移住ということを最初に提案したのは、みさきさんだという。

「一緒に島を訪ねるうちに、私の方が気に入ってしまって。それで妊娠がわかった時に、あの島で子育てができたらいいだろうな、って思い始めたんです」

 そこからはとんとん拍子に話が進んだ。夫妻は今、啓太郎さんの実家からほど近いところに住みながら、五歳になる娘さんと暮らしている。そんな高羽さんが書店を開こうと考え始めたのは、決して最近のことではない。それは、学生時代からのささやかな夢だった。

 しかし、都会で暮らすうちはその夢の実現に向けて動くことはなかった。活動のきっかけとなったのは、移住して初めて島の書店を訪ねた時だったという。

「島にも本屋はありますが、自分たちが住んでいる地域からは遠くて。特に妊娠してからは、遠ざかってしまっていたんですよね。その時想像したんです。『この子が生まれたら、今よりも大変だな』って」

 幼い頃から書店に行くことが好きだったみさきさん。島に来るまでは、様々な書店を巡るのが趣味だった。ネット通販も便利だが、自分の目と手で本を選ぶのが一番の楽しみだったんだそう。

「それで色々考えていたんですが、じゃあ自分でやればいいじゃないかと。自分以外にも、同じように思っている人がいるはずだって……決意したところで、娘が生まれてそれどころじゃなくなったんですけどね」

 書店を開くという目標はいったん横に置いて、しばらくの間は子育て中心の生活だった高羽さん。それがひと段落した後、店を開くために動き始めた。

 まず手を付けたのは、店舗となる建物探し。これは思ったよりもすぐに見つかった。自分たちで修繕することを条件に、家の近くに空き家を借りることができたのだ。

「空き家といっても、綺麗に使われていて。実際は本棚の搬入と庭の手入れくらいしかしていませんね」

 この空き家を管理していたのは、島の住人である磯姫(いそひめ)さん。魔法種族である彼女は、古くは島の守り神として祀られていたこともあるという。今も彼女のところには、島の困りごとが良く運ばれてくる。

「店舗を探しているときに、義理の両親から磯姫さんに相談してみたら? と言われて。実際に会ってみると、すごく気さくな方だったんですよ」

 磯姫さんも、年々人口の流出が続く島の現状を憂いている一人だった。島に本屋を開きたい、という高羽さんの思いに、磯姫さんも共感を示したという。

「今では彼女とは良い友人です。島の昔のことなんかも教えてもらって」

 顔が広い磯姫さんと繋がったことで、思わぬ効果もあった。それは、島の親子連れが店を訪ねてくれるようになったことだった。

「実はオープン前から来てくださった方もたくさんいて。こんな本屋さんができるなんて! って言われたりとか。今も常連さんとしてよくして貰っています」

 島に密着した本屋でありたい、という高羽さん。選書は児童書や絵本などが中心だ。この島で生まれ育つ子どもたちのために、記憶に残る本を選んだという。

「私が子どもの頃に読んでいた本だって、やっぱり覚えていますもんね。同じように、島の子どもたちにもいろんな本を読んでほしいし、自分で読みたい本を選んでほしい。そんなふうに思います」

 そして、高羽さんが新しく始めた活動がある。《子供のための読書会》だ。子どもたちに集まってもらい、一冊の本を読み聞かせる。それをテーマに、自由に話したり絵をかいてもらおうという会だ。

「本を読んで、どんなことを思うかって人それぞれですよね。でも、だからこそ人と話すことが面白かったりすると、私は思います。子どもたちにも、そういう体験をしてほしくて」

 この会では、人を傷つけなければどんなことを言ってもいい決まりだ。『面白くなかった』、『悲しかった』というネガティブな発言もOK。大人たちが見守る中で、自由に発言してほしいという。

 最後に、高羽さんにおすすめの本を聞いた。それは、『ぼくのこえをきいて』という子ども向けの小説だ。ある日突然話すことができなくなった主人公の男の子。彼に対して周りの大人たちは好きなことを言うけれど……というストーリーだ。

「他人の気持ちを勝手に想像したり、決めつけたりしてしまうこともあるけど、それって良いことなのかな? と感じることもありますよね。子どもも大人も、そのことについて真剣に考えてほしいと思います」

 その島に行くときは、是非とも訪れてほしい書店がひとつ。フェリー乗り場のほど近く。移住者が営むその書店には、島の光と風、そして子どもたちの夢が詰まっている。

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