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《詩》はじまりとおわりのうた

1

昭和20年8月15日
戦争が終わった
嘘だって私は思った
4年間も続いて何万人もの人を殺した戦争が
あのラジオのパチパチした音で終わるなんて
そんなことあるはずないって思った
でももしそれが本当だったなら
もっと早く終わってほしかったな
私のお父さんがフィリピンで死んじゃう前に
私がラジオをパチパチ鳴らして
戦争を終わらせたかったな

2

私は真っ赤な服が好きだ
お父さんが買ってくれた真っ赤な服が好きだ
私のお父さんはおっきな会社のとっても偉い人で
私はそれが自慢だった
私のお父さんはアメリカが悪い国をやっつけるお手伝いをしているんだって
私はそれだけで嬉しかった
でもだんだんわかってきたんだ
私のお父さんのつくった武器が朝鮮の人を殺しているんだって
だから私はお金持ちなんだって
だから私のきれいな服もスカートも熊のお人形さんも
みんな真っ赤なんだ
海の向こうで死んでいった人の血で
真っ赤に染まっているんだ

3

小学校の社会科の時間で
先生が原爆について調べてみましょうって言った
げんばくってなんだろうと思って
図書館に行って
げんばくの本を開いた
なんだかよくわからなかったけど
人の形をしたようなくろこげたものの写真があって
あわてて本を閉じた
あれがげんばくなんだ
その夜こわくて眠れなかった

私が高校生になった年の
8月に
ふとそのことを思い出して
もう一度図書館に行って
同じ本を開いてみた
今度は怖くなかった
なんだか懐かしいような気がした
また会えたね
その日の夜にテレビを見ながら考えた
誰かに似ている
どんな顔だったのかもわからないあの子が
誰かに似ている

新学期が始まって
友達と一緒に帰りながら
私は驚きの声をあげた
私に似ているんだ
友達がどうしたのってきいて
私はなんでもないってこたえた
家に帰って
慌てて自分の部屋にとびこんで
鏡を見た

そこに映っている
16歳の私
その中で永遠に苦しみ続けている
名前も知らない
長崎の少女

4

私が大学時代つきあっていた彼ちょっと変わってた
普段はいい人だったけどお酒を飲むと変なこと言うんだ
あの日小倉の空は曇っていた
だからB29は長崎に向かったんだ
あの日もし晴れていたら
今おまえの横にいるのはきっと長崎の男だよって
彼就職も決まっていたのに卒業前に自殺した
よくわかんないけどうつ病だったんだって
ばかだよね
せっかく生き残ったっていうのに
このお天気屋さん

5

どこで見たのかも覚えていないけれど
死んでしまった子供を抱えて泣き叫ぶ母親の姿が
私の心に焼き付いてる
昔はよくわからなかった
私もまだ子供だったから
今はよくわかる
たとえ私がどんな目に会おうとも
この子には幸せになってほしい
人類がはじまって以来
全ての母親が同じことを願った
そのようにして生まれた子供たちが
今も地球のどこかで
殺しあっている
けれど荒れ果てた土地をもう一度たがやして
新しい世界を創り出してきたのも
また母親から生まれた子供たちだった

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