【1000文字小説】 浮き輪 【1175文字】

待ち侘びた日がちゃんとやってくるという感覚は、何度経験しても慣れない。
日にちが近づくにつれて、僕は何をやっても手に付かないし、わからないけどいつもどこかが痒い。
何かを紛らわすためにネットで情報を検索しまくるけれども、そんなことをしたってむしろ身体がより浮き立つだけだ。

海は好きだろうか。
北の海は青黒く、たとえ真夏の太陽が照らしていたって、どことなく自然の強大さというか、恐ろしさを感じさせる。
南の海はどうだろう。透明で白く、どことなく自然が生きる生物を歓迎してくれているような、やさしさを感じる。しかし、それに油断していると、足元を掬われてしまうのではないかと、勘繰ってしまったりもする。

普段はファッションのことなんか1ミリも考えていない。いつも大体同じような服を着て、季節が変わると袖の長さだけが変わる。着なくなった服は定期的に処分し、その分年に2回ほどのみ着回す服のセットについて想いを馳せる。あまり着ない服たちからは柔軟剤の香りが消え、どことなく防虫剤の香りが抜けない。鏡をみて襟を合わせてあと、香水を軽く振りまいて、古びた匂いをかき消す。

スマホの画面を開くと、17:23の文字が17:24にちょうど変わったところだった。肌が震えた。それは好奇なのか、不安なのか、歓喜なのか、畏怖なのかははっきりと自覚できない。ただ、感情の波が逆立っているということだけはわかった。

今日の外気はどことなく雨の香りがした。正確には、雨が降ったあとのアスファルトの香り。冬には決して嗅ぐことのない、夏の香り。空はどことなく泣き止んだあとのように見えるが、またいつ気分を落とすのかはわからない。夕焼けを背景に、信号機はその役目をただ静かに真っ当する。

スマホの画面を開いた。画面をトントンとリズミカルにタップした。どうやら約束のときはやはり近づいているようだ。鼓動が少し加速して、不規則に揺れた。街が賑わってきた。街の時計の針が18:16を指している。ただあの時計は少しずれているから、本当は18:19とか18:20とかだと思う。もう、足音は耳元まで来ている。

スーツ姿の戦士たちはどこか怒っているような、どこか急いているような表情をして、足早に僕の目の前を通り過ぎる。夕日はまだかすかに赤く空を照らしているが、まもなく街の灯す光とその役目を入れ替える。僕は気を紛らわすために、約束の場所の近くの人通りの少なそうな場所で、スマホを握った。

自分の中でそのときのカウントダウンが静かに始まろうとしていたその時、聞き慣れたような、それでいて新鮮な声が聞こえた。目は安堵でいっぱいになるのと同時に、耳はひたすらに歓喜した。慎重に無難な言葉を2、3交わしたあと、私たちは夕日の方角へ歩みを始めた。ごめんね太陽。僕はもう少しだけここで×××よ。