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緋色の月が浮かぶまで(9)
前回はこちら↓
罪請けの日
我は緋月と手をつなぎ、社の石段を降りる。
よう晴れた日、澄んだ青空、共に歩くには悪くない天気じゃ。
道を歩く。里までの道は、健やかに伸びる桜の木々しか無い。
我は昨日歩いた道、緋月にとってはよう歩いた道じゃ、特に目を見張るものは無いのじゃが……今は手に緋月の温もりがある、少し、恥ずかしいものよのぉ。
「えい」
我の腕に抱きつく緋月。胸の鼓動が感じられる。すこし、早い。
「自分でやっておいて頬を染めるな」
「でも次郎も嬉しい?」
「まぁ、そうではあるのじゃが……歩きにくくはないかえ?」
「そうですね~でも、私はもっと次郎に触れたいから」
「うむ。解った」
少々歩き辛いが、ゆるりと桜を見ながら歩くのもよかろう。
風に吹かれて桜が舞う。
「綺麗な桜です~」
「そうじゃな。里へ続く道が見事な桜並木じゃ」
以前見た資料によると植えたのは初代の緋月。この道が桜舞う風景へと変わらせるために……尤も、その緋月はこれを見る事は無いと知っておったのじゃろうが。
「感謝せねばの」
「?」
「この桜を植えたのは初代緋月じゃ。見事な景色を我らに見せてくれたのじゃから」
「そうですね……歴代の緋月は里へ向かう道など見る事はなかったから、私が初めてこの桜並木を見れた緋月です」
少し辺りを見回して楽しげに笑う緋月。ふと、笑みが消え、疑問の表情に変わりよる。
「何で次郎がそれを知ってるのでしょう?」
「蔵で調べたのじゃ。おぬしの家系の事も、禁の話も……それに我の事も知りたかったからの」
「そうなんだ。何か、みつかった?」
緋月の口調がいつもに増して幼くなる。まるで過去を見つけてほしくないかのよう。
「殆どわからぬ」
我が答えると納得したかのように緋月が頷く。
「なんじゃその反応は?」
「過去に何があったか知れば、次郎が変わるかもしれないと思ったので」
「何か知っておるのか?」
「わかりませぬ。でも、新しい思い出があるのに悲しい事を知ろうとするのはどうかなっておもいます~」
普段と違う口調を交えており、少し変じゃが……緋月は我の事を知っておる。
そんな緋月が言わんと言うのならば、我が捕らわれた理由など、嫌な事に違いあるまい。
それに、知って今まで通りに皆と付き合って行けるかもわからぬからな。
「そろそろ里ですね」
「そうじゃな」
村に入り、特に予定も無く歩く。前にも思うたがこの村、広いのぉ。
「皆さま、元気そうです」
「あ、緋月さまだ。それにえーっと」
「次郎じゃ……前も同じやり取りをしたじゃろう?」
以前の奴じゃな。礼儀正しいが少々物覚えが悪いようじゃな。
見たところ親の手伝いが一段落した所のようじゃ。
「元気そうですね。一太郎、お母様はお元気ですか?」
「はい。ちかごろは病も良くなり、おりものもしてます」
「そうなのですか~」
緋月は笑う。やはり、物事に関心が無かった者とは思えぬ。
思うたより長々と緋月の顔を見てしまったらしく緋月がそれに気づき笑顔を向けた。
うむ、愛らし、愛しい笑顔じゃ。
一太郎と別れた我等はとある民家で村人の昼餉作りを手伝い、それをいただいておった。
昨日も思うたのじゃが。
「この村の者は随分と我に対する警戒心が薄いのぉ」
「それは数年前にここに出向いていた娘のおかげですよ」
問に答えたのは村人。
「弱った鬼の子がこの村に降りてきて私らの仕事を手伝ったりしていたのです。本人は物を一切口にせず、物を受け取りもしませんでしたが」
今頃はどうなってしまっておるか、と村人は小さく呟く。
「緋月」
「あの子ですね」
呆けていた緋月が少し悲しそうな顔をした。……我はそやつと血縁なのじゃろうか。
少し歩く、誰も見ておらぬ道で緋月は立ち止まる。
青い空を見上げる緋月が「あっ」と切なく呟いた。
「緋月?」
緋月は金色に染まる瞳を我に向けた。
その瞳を見た途端、我の脳裏に何かが浮かぶ。
それは赤い、紅い月じゃ。それが何を意味するか……わかってしもうた。
「酷じゃのう……」
「……はい」
これは、読めてしもうたのじゃ。罪請けの時が、次、丸い月が昇る晩に行わなければならぬと言うことを。
自らの時が、そこまでとわかり呆けるのは仕方ない事じゃ……な。
「帰るとするか、緋月や」
「はい」
我は緋月の手を強く握ってやった。出来ることはこれくらいしかないからのぅ。
つづく