【食|麺】冷やし中華1 ボクはまだ男になれない
一緒にいても大して面白くもないのに、いつでも妙に気になって、なんとかして手に入れたくなるタイプの異性てのがいる。
ところで、永らく生きてきて未だ一度たりとも心から冷やし中華を美味しいと思ったことがない。ビジュアルは間違いなく美味しいハズなのに、どこまで行っても甘酸っぱいだけの料理だなと。
毎夏ボクらの元を訪れる彼女に、今年こそはと意気込んで、結局例年通りツマラナイ気分で別れを迎える。そんなことの繰返しで過ごしてきたボク。それでも本当は彼女がツマラナイ女なんかじゃないてことも、頭では良くわかっていたりもする。つまり彼女と正しく接するための、ボクの経験が足りないだけなのだと。
ふと今年の梅雨入り頃にそんなことを考えた。
今年の夏こそ、ボクは男になる。
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その1
初物はいつもワクワクして自ら求めるものだが。こと冷やし中華に於いては、中華屋の「はじめました」的な張り紙を見て、まぁ一回くらいは、程度の積極性の低い出会いになりがちである。
今夏の出会いも例外ではない。ネギラーメンを求めて中華屋に入店してからの、店内の張り紙を見ての逡巡。少しの期待と、温かい汁物に対する未練がない交ぜになった複雑な感情をビールでなだめながら、待つこと10分。
ところが一年ぶりにボクの前に立つ彼女に、いままでのネガティブ要素は霧散する。椎茸、キウリ、錦糸卵、クラゲ、蒸し鶏、焼豚、海老というなかなか豪華な具材で期待は高まる。
まずはむせる程カラシを塗りたくった具材どもをアテにビールを空ける。うん悪くない。そしておもむろに麺を啜る。やや抑え目の甘酸っぱさが口腔に拡がる。イケる!今年はイケる。
しかしその高揚も束の間、二口目を啜ろうと皿に顔を近づけたその瞬間、ツンと香る変化を期待させない甘酸っぱい香りと、その香りを存分に吸い上げた、眼前の皿にうず高く積もる大量の麺を目の当たりにして。ボクの心は例のトラウマ的妄念にとりつかれてしまう。あとは心を殺して機械的に箸を進めるだけであった。
ボクはまだ男にはなれない。
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