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Day 14 : 夢のまた夢、現実のまた現実

「さてと……で、ツッコむところは見つかったか?」
「なんぼでもあるわ。そもそもなんや、ここにいる三人で世界を変えるとでも言ってるのん? グラサンと子供二人やんけ。それになんやこのショボい事務所は。舐めとんの?」

普段は言わないような言葉が、舞の口から漏れ出てきた。

「それに、アタシは世界を変えるなんていう奴は大嫌いなんや。世界を変える前に、自分が変われ。……いや、そんないい子、偉い子ぶった考えも大嫌いや。」

石田は、なにも言わずにソファーに座ったまま聞いていた。ボクはゲーム機をかちゃかちゃと操作し続けた。ハルはPパッドに『マインドフルネス』と表示したまま無表情であさっての方向を見ていた。

「あんたらなぁ。それにこんなチラシを撒き散らして……勝手にチラシ貼ったらいかんってこと知らんのか? 迷惑防止条例で逮捕されるで。」

舞はポケットから丸めたチラシを机の上に投げつけた。無造作にくしゃくしゃにされたチラシ。折り目になったところでインクが剥がれていて、ひび割れのように白い線が走っている。

『世界を変えたい奴募集。』

「知らねえよ。お前が世界を変えたいとか。変えたくないとか。」
「はあ? なんやそれ。じゃあなんでこんなチラシだしとんねん。はあ……わかった詐欺やな。詐欺師やなアンタは。世界を変えたいなんていって、ここに人連れ込んで金奪う気やな。残念だったな、アンタ。アタシ金一銭も持っとらんで。」
舞は、声をあげて笑う。

「金はいらねえよ。つーか、お前の要件はなんなんだよ。」
石田はうるさそうに顔を背けて、問いかける。
「要件? ツッコミにきたってゆうとるがな。ほら、ボケろや。アホなところ紹介しろや早く。」
「はあ? お前はクレーマーなのか? それとも暇なのか?」
「いいから、早よボケえ」

『はい、私やります。』

ハルが手をあげて不意に立ち上がった。

「なんやお前は。」

舞は足を組んで、彼女の高い頭を見上げる。

『ハルです。』

「おお、ハル、なんや、やってみい。」
『一発ギャグ……走りながら寝る人』

ハルはPパッドに題目を表示させた。彼女はその場で足踏みをし、目を閉じてフラフラとランニングをするような真似をした。途中いびきをかくような動きをしたり、首をコクリコくりと動かしたりした。それがどのように面白かったのか、その場にいなかった筆者には想像がつかない。しかし、なぜか舞には受けていた。

「あははは、おもろいなぁ!」

舞が手を叩いて笑うと、ハルは調子にのって本当に目を閉じながら走り始めた。ガラクタたちに躓き、壁にぶつかった。その度に、舞の笑い声だけが事務所に響いた。

『ありがとうございました』

ハルはPパッドの総表示すると、礼をしてまた自分の席に戻った。

「はは……なんやの。お前らおもろいやんけ!」
舞は、ソファーにぐったりと寝そべりながら手を叩いて天井を仰いだ。そして、そのまま動かなくなった。
「酔ってるなこの女。」
石田がそうつぶやいた。ボクは相変わらずゲームに熱中していた。

なぜか舞は、次の日も来た。

「また来たのか。」
「うん。よくわからへん。」
「覚えてないのかよ。」
「酔ってたからな。」
「警察に届けても良かったんだぞ。なあ、光乃」
「まあ〜。警察って公務執行妨害と迷惑防止条例があれば大抵の人は捕まえられるしね。」
「警察なめとるやろ。」
「なめてないよ。」
「つーか、お前どうやって昨日帰ったんだよ。」
「アタシは知らん。気付いたらここに来てた。」
「描写が飛んでてなにが起こったのかわからん。」
「アタシだってわからん。」
『知らなくていいこと。』(Pパッド)
「うーん、とにかく舞ちゃんが三猿に慣れてくればいいんだって。明日も来てね。」
「はあ?」
「ここはそういうくだりなの。だから明日も来て。」

そして、舞は次の日も来た。

「はあああ〜」
『ボケます!』
「ええで。」
『三輪車に乗りながら、眠る人!』
「あははっ。」
「なんなんだよその眠る人シリーズは。」
「ハルの得意技。」(ゲーム機の音)
「おもろいで。」
「ハルちゃん、芸人目指せるんじゃない?」
「おう、ハルちゃん、アタシの事務所どうや?」
『嬉しいけど、あえて辞退。』
「なんでや。」
「芸人の仕事なんて、お前を見てたらフリーターみたいなもんだろ。」
「芸人なめんな。」
「ハルちゃんには、三猿で働く立派な使命があるでしょ。」
『さすが、将軍はわかってらっしゃる。』
「将軍?」
「将軍は昔の話。」
「へえ、まあええけど。光乃さんって何者なん?」
「ヒ・ミ・ツ」
「うわあああ、アタシ初めて見た『ヒ・ミ・ツ』っていう女。」
『さすがです。』
「なんちゃってだぞ、こいつのは。」
「失礼ね、石田くんは。」
『なんちゃってだからこそ、すごい。』
「ふああ、というか腹へった。」
「アタシなんか、買ってくるで。」
「ここは、お前の部屋じゃねえぞ。」
「まあいいじゃん。せっかくだし一緒にご飯食べよう。」

いつの間にか、舞は三猿の事務所に居付くようになった。特に、その動機についてはうまく説明できたとは思えないが。舞はそこにいればそれで良かった。彼らの言動にツッコミ、時にボケて会話が転がっていればそれで良かった。

『実力事務所』と書いてあるけれど、その『実力』が行使されるところは舞はあまり見たことがない。ここではあえて、「あまり」と含みのある表現をとってみた。

ある時、舞が三猿の事務所に向かうと階下の小物屋のシャッターが閉まっていた。舞は気にせず事務所に上がった。ドアを開けると、いつものメンバーの代わりに光乃が一人、茶を飲んでいた。

「舞ちゃん。」

事務所の電気をつけないまま、窓から差し込む光だけで光乃はそこにいた。一人でいる彼女をちゃんと見たことがなかった。舞は彼女が、ソファーに腰掛けているのを見た。着物姿でゆっくりと湯呑みを口に運ぶ。髪はなだらかに肩から背中にかけて流線を描く。着物には、黄金の菊が咲いている。

「みんなはおらんの?」

「仕事。」

「そう。」

舞は、光乃の隣に座る。光乃は黙って茶を一杯用意してくれた。緑色の湯。光に照らされた埃が舞う。光乃は息を吐いた。あまりにも自然だったから、聞くのが遅れた。

「あいつら仕事ちゃんとすんねや。」
「まあね。」
「下の小物屋、閉まってたけど。」
「うん。別に毎日やってるって決めてるわけじゃないのよ。」
「そうなんや。」
「舞ちゃんはいつも、スマホで何かやってるね。」
「ああ、SNSは毎日やるのが大事らしいからな。金にはならんけどな。」
「でも、宣伝は大事でしょ。」
「せやな。」

「……で、どんな仕事なん?」
「ヒ・ミ・ツ」
「でたぁ!」
「これは本当に秘密。」
「なんでや。」
「依頼者のプライバシー。あと、関係ない人を巻き込まないように。」

光乃は、唇に指を一本当てて、笑う。艶やかに茶で潤っている薄桃色。舞は笑う。気がついたら口が動いている。

「アタシもなんか依頼してええの。」
「もちろん。」
「なんでもええんか?」
「うーん。今まで断ったことはないなぁ。」
「三猿って、いつからここにあったん?」
「そんなに前でもないよ、ここ一年ぐらい。」
「……依頼したら、関係ある人になれるんかな。」

舞は光乃の答えを待たなかった。横を見ずに、事務所に散乱するガラクタをただ、見た。

「どんな依頼?」
「アタシを、日本一のお笑い芸人にしてくれ。」


最後までお読みくださりありがとうございます。書くことについて書くこと、とても楽しいので毎日続けていきたいと思います!