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再会

三猿ベイベー:Day 26

かくして、石田は『小説』を殺したのだった。つまり、小説らしさをこの小説から消し去ったのだった。……と小説っぽく書いてしまったのだが良いのだろうか。そもそも『小説』を殺すとはいったいどういうことか。「殺す」ばっかり書いていると物騒なので、別の言い方はないだろうか。わたしの中で疑問がぐるぐると回る。まあ、とりあえず書いてしまえばいいか、と思う。

光乃のバイクが止まったのは、薄汚れたビルの目の前だった。Pパッドがバイクの横につけて停止する。ハルはヘルメットを被ったままPパッドを縦に持って、『ここか?』と表示する。「たぶん」とボクは呟く。

「こんなところにおるんか」
「たぶん! だってそうじゃなきゃこんなふうに書かれないでしょ」
「まあ……そうか。」

光乃はバイクから先に降りると、舞が降りるのを手伝うように両手を差し伸べてくれた。舞はすっかりその仕草に甘えてしまって、自分の手を預けてするりとバイクから降りた。柔らかい手の温度が疲れた体の感覚を思い起こさせる。バイクは、光乃にしては大きくて降りるのも乗るのも大変なはずだ。なのに、光乃は着物姿のまま手慣れた感じで操作する。

そのまま四人で、この寂れたビルに入っていく。エントランスの自動ドアには電源が入っていなかった。ハルがPパッド片手にドアをこじ開ける。ゆっくりと静かにガラスの板が横にスライドしていく。ビルの中は暗い。ハルがPパッドのライト機能を使って辺りを照らすと視界がはっきりした。この調子だとエレベーターも機能していない。階段を探して登ることにした。

「高いところにいるはずだから。」

光乃はいう。
舞は疲れているのだが、小説の進行上、彼らについていくしかない。ああ、高校生の頃は毎日教室で怒鳴ったり駆け回ったりする元気があったのに、と時間の抗えない流れを嘆く。舞は、登りながら余計なことを考えないようにする。しかし、やはりなぜ自分がこんなことをしているのか、気になる。

「光乃さんって石田のことどれぐらい知っとるん?」
「ん? まあまあね。」

案の定、ちゃんとした答えは帰ってこなかった。期待していなかったとはいえ、やはり光乃はボケっとしているようで底知れないところがある。

「まあ、高いところが好きってぐらいは知ってるよ。」

ものがよく見えるから。と光乃は言う。『バカと煙は高いところが好き』とハルがPパッドに表示する。ボクは黙って階段を一段一段登っていく。気が狂いそうになるほど同じ形の踊り場と階段を登っていくと、ついには最上階にたどり着いた。

「あ、おった」

夜の匂いがした。フロアは大きな窓に囲まれた透明な空間で、夜の都会を見下ろすことができた。普通こんなに高いビルなら放っておかれることはないはずだし、舞も見たことがあるはずなのだが、細かい考察はここでは置く。窓が一つ大破していて、その正面に石田は立っていた。そこから風が吹き込んで彼のスーツのジャケットとボサボサの髪型を揺らしていた。

「石田くん」

光乃の声に振り向いた顔はいつものサングラスをかけた男だった。

「よお、待ってたぜ。」
石田はそれだけいう。

その場に立ち尽くした感じで、お決まりのメンバーが集結する。

「で、やるんか。製作委員会。」

舞が口火を切ると、光乃も「やろうー!」と腕をあげて喜ぶ。「さあ、座って座って」となぜか床に座らされ、全員で車座になる。

「えーそれでは第二回『三猿ベイベー』製作委員会を始めます。」
みんなが座ったのを確認すると光乃は嬉しそうにそう言った。

ハルが音を立てずに小さく拍手をした。



舞は、寒気とともに意識を取り戻す。明るい光に包まれている。硬い床が、体に鈍い痛みと痺れを返してくる。ああ、またこの目覚め方か。と思ったが、心が穏やかであることに気がつく。

体を起こすと、いつかのように光乃と三猿のメンバーが舞と同じように横たわっていた。舞は彼らを通り過ぎるとトイレを探すことにした。非常事態では仲間よりも生理的欲求だ。立ち上がって伸びをすると、ガラス張りの壁の向こうに都会の朝の景色が見えた。平たい関東平野に寄生した粘菌のように形をなす都市だ。

「はあああ」

誰も聞いていないことをいいことに思い切りあくびをする。この部屋の入り口の方にあるだろうトイレを探す。見つけたが、トイレットペーパーもないし、座面は冷たかったし水道は流れなかった。仕方なく舞はビルを降りてコンビニのトイレを借りることにした。

階段を降りていく。同じ形の階段。同じ形の踊り場。窓の光が差し込んでくる。淡々と階段を降りていくと心が落ち着いていく。喉が渇いていることに気がつく。1人でいるのに寂しいと思わない。

ハルがこじ開けた自動ドアは半開きのまま空いていた。そこから出ると、強い日差しが体に降り注いできた。舞はもう一度伸びをする。伸びをする自分の体から酒の匂いと自分の部屋の匂いがすることに気がついた。ついでに、昨日の夜遅くあの長い階段をもう一度降りていたことを思い出した。運営会議が長引いて、近くのコンビニに酒と肴を買いに行ったからだ。

舞は見知らぬ街を曖昧な記憶を頼りに歩く。しばらく歩くとコンビニがあった。黙って入店してトイレに直行する。ポケットをまさぐって財布を探す。開けると小銭しか残っていなかった。

舞はコンビニから出ると、ビルには戻らなかった。ミネラルウォーターを片手にただ歩いた。ペットボトルの形をした水。都会ではこの形状の水しか売っていない。

とぼとぼと街を歩き続けた。どこかに行きたいとも思わなかった。帰りたいとも思わなかった。ただ、歩いていたかった。


最後までお読みくださりありがとうございます。書くことについて書くこと、とても楽しいので毎日続けていきたいと思います!