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『おじいさんの古時計』2002/10/24 (木)

ニライカナイには店主の祖父母からの古時計があります。本当は動いていたのに、甲子園のいとこがどんな使い方でもいいから持って行って!と譲り受け、ショピングカーで1996年程前に持って来た時計です。

阪神大震災の日、祖父母の家が全壊した日まで動いていた時計です。朝なのか夜なのかゼンマイが止まったのは9時9分でした。

私の母の実家に60年掛かっていた時計です。

地震にも遭いながら状態も良かったのに、(初代の)店の2階の外壁に掛けてからは紫外線や雨風でボロボロになってしまいました・・・今はもう動かないおじいさんの時計です。

あの地震の日、私の伯父と叔母が亡くなりました。あの日地震がなければ、きっとまだこの時計は動いていたことでしょう。

地震の前日の1/16に、それまで横浜で長期滞在していた祖母を私の母が兵庫県の実家に送ることになっていました。1/15に、伯父から叔母の喘息の状態が良くないとの電話が入り、帰りたがっている祖母を説得して春まで帰るのを待つことにしました。もし、伯父が電話をかけてこなかったら祖母も母も1/17に死んでいた事でしょう。伯父と叔母が2人を救ってくれました。

地震後この時計は、うちの押入れに眠っていたのですが、第2の人生はニライカナイを見守ってくれる古時計になっています。

この古時計をつける前日までお店がオープンしてからガラガラだったのですが、掛けた途端、お客さんが入り出して、ナントカやっていけるようになりました。ホントご先祖様の力は、すごいデス・・・

この曲が平井堅のおかげでヒットした時、この時計のことを歌ってるみたいで、うれしく幼少の頃にワープしたみたいでした。

夏休みよく遊びにいったことを思い出します。『天国にいるおじいちゃん、おばあちゃん、おじちゃん、おばちゃん、ボロボロにしてしまい本当にゴメンナサイ!そしてありがとう!』

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17年後の今は、初代のお店から2008年に泥棒に入られたのをキッカケに今のお店に移転して来ました。

祖父母の古時計は初代のお店である連休の人集りの多い日にガシャーーンと歩道に落ちて来て阪神大震災の日以来、勝手に数十分動いてました。かなりビックリしました。

大工さんに木枠だけ修理してもらい、それからは店内に保管していました。今のお店でも2階のBODYの守り時計としておいてあります。

移転後も私の家系の思いを受け継ぐためにこの古時計は静かに保管されることでしょう。

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