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『コヨーテ・テラー』&ニライカナイの店名の由来2002/06/06(木)

中華街にエスニックの雑貨屋さんでチャイハネさんという素敵なお店があります。チャイハネ・ネネ地下1Fで先月ネイティヴアメリカン伝統継承者のジェームス・ウクアラ(コヨーテ・テラー)さんによる彼の祖先の話、古代の神聖な知恵(叡知・英知)を語って下さいました。頭には鷹の羽をつけ、顔にはペインティングを施し、、太鼓をたたきながら大地に響きわたる太い声で歌い、その波動が体に伝わってきました。

『グレートスピリットはグランドキャニオンに降りてきた。大地から赤い粘土を一粒握り、それをこね、息を吹きかけた。赤い粘土を大地に戻した。やがて大地から腕が出てきた。(祖先の誕生)・・・』

彼は最後に『グレートスピリットはあなたが苦手な人、嫌いな人も創造した・・・。』と…

前日、私は同じような言葉をこの日記にお伝えできれば・・・と、入力しては消していました。彼の話で一番引き合ったのは全て必要だから創造されたということをもう1度教えて下さったこと。全ては自分が引き寄せているんですかね・・・喜びも悲しみも怒りさえも・・・厳しさは超えられるから引き合うのでしょう・・・超えられた時でないと、まだまだ感謝できない時もあると思います。

私の大好きな映画で初めて見て拝んでしまった映画があります。

ガイアシンフォニー(地球交響曲)の第二章でダライラマが『あなたが嫌いな人はあなたの最大の恩師である。』と語っていました。自分のポリシーや生き方に対してこだわりを与えてくれるのもそういう人との出会いやそういう出来事の後、気付かされたりしますよね。

インディアンの伝統の姿で登場されたコヨーテ・テラーという長老はメチャクチャかっこよかったです。出会えて心が満たされた。貴重な時間でした。

声を掛けて下さった主催のチャイハネの元店長、今はパワーストーン屋さん『コヤニスカッティ』のトモコさん(足つぼ ニライカナイの名付け親でもある方)、そして関係者の皆様ありがとうございました。

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2019年の現在は主催のトモコさんは、岡山に移住されました。福島の原発の後、元々関西の方でしたから、食べ物を大切に取り寄せたりされてましたので原発のない岡山に行かれました。

もう何年会ってないかなぁ?
ニライカナイの名前を譲ってくれた方。彼女は昔、横浜元町の浜銀の前で土日に露店してました。本当はパワーストーンの店舗をいつか持ったらニライカナイに店名をするはずで、当時お客だった私は沖縄にも住んでいたので、『ニライカナイ』の意味を沖縄で色々聞いてきてほしいと頼まれて、どんどん私の方がその名前をいつかやりたかったリラクゼーションサロンの名前につけたくなってしまったのです。

彼女に数年後、私もニライカナイと店名をしていいでしょうか?と恐る恐る彼女にお伺いし、許可を得ることができた。勇氣を出すのに1年はかかったが大好きなお姉さんに承諾していただけた。その後、彼女の友人が手放した横浜中華街の横濱バザールの二階にあったパワーストーン屋さん、コヤニスカッティというお店を彼女は譲り受け、そのままの店名でお店を彼と持ち始めた。

私も足つぼ屋で働いてましたが、オーナーと同期のケンカを止めていたら、そのケンカに巻き込まれ首になってしまい、ある時を境に急にお店を持つことになりました。懐かしいなぁ。

元ニライカナイをつけたかった人もニライカナイをつけていいよと譲り受けた人も中華街に集結。

そしてお店をやる1年前くらいのある日、ボーッとトイレでニライカナイって素敵な言葉だなぁと思っていたら、『ミライカナウ』未来叶うという声が降りてきたのです。

皆様の夢が叶うならとニライカナイを店名につけました。沖縄に住んでいたことと、この2つの理由で名前は決められたように感じました。

彼女から音靈は譲り受け、意味は高次元から降りてきたような店名。コヨーテテラーは高次元から降りてきたものを伝承していく語り部。降りてくるものを拾えた時、人は神秘とか神聖な感覚の中(無の境地)に入っていると思うのです。

写真は最初に馬さんの店 龍仙さんの前、中華饅頭専門店の老舗、聚楽さんのお隣でオープンした頃の初代店舗。小さすぎて懐かしい(笑)

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