見出し画像

1-1 第1世界:リアリティ100%

「だから、何を?!」
 棒のように立ち、両手をグーにして体の横に突き下ろす女が居る。和室にだ。ほっぺに朱が灯り、白ニットの下のスカートがひらっと勢い良く揺れた。

「だから、何がだよ?」
 あぐらをかいて畳に座り、眉をしかめた男も居る。女の揺れたスカートの中はかろうじて見えない程度の、絶妙な角度と距離にその男は居る。

 女のミディアムヘアーの上には、ウサギのように左右に延びたリボンが在り、そのリボン付近を、男は、うんざりしたような表情で横見していた。「このCMのことだよ、健吾」
 女は和室に配置された32型テレビの画面をビシリと指差した。テレビの画面の中では、黒ニットを着た男性が、こげ茶色の木製チェアに深く腰をおろし、両脚を組み、コーヒーカップに口をつけていた。そのCMのナレーションは、渋い声だった。

『劇作家、町本寺門(まちもとじもん)は知っている』

「だから、何を?! 何を知っているっていうの?! いっつも」
「何なんだよお前は」
 目の下にくまのある、あぐらの男こと健吾は、声が荒くなった。

「私、苦手なんだよね。目的語の省略とか」
「晶(あきら)に得意なものなんてあったっけ?」
 健吾はそう言って肩をすくめてみせた。首が短くなり、亀を彷彿とさせる。

「何でもできますよ?」
 女ことあきらは、肩に力が入っていた。首が短くなる。
「まぁ、人工知能は伊達じゃないわな」
「それ! 伊達じゃない……しまった」
「どうした? あきら」

「指示語使っちゃった」
 そう言ったあきらは、畳に置かれた白く小さなハンドバッグから、おもむろにスマートフォンを取り出し、すばやく何度もスワイプ動作を繰り返した。ハンドバッグに負けないほど白く、そして細くしなやかな指が踊る、連続タップ。ただし、その指の描く乱雑な軌跡は、怒り狂った指揮者の指揮棒のようだった。コミュニケーションアプリ『LIME』の、カピバラの絵柄のスタンプが、あきらから健吾へと送信されたのだ。

 ブルブル

 健吾は丸まった背筋を伸ばし、ぶるっと震えた。ズボンのポッケから頑丈そうな灰色のスマホを取り出すと、起動画面に出る暗証番号下四桁を、骨ぼったい指でタップ入力した。なお、暗証番号はそもそも四桁しかない。

 LIME経由で届いたスタンプの絵柄は、はっと驚くカピバラの上に『しまった』と表記されていた。

「それ、さっきも聞いたよ」
 健吾はため息をついた。
「作業の手が止まっているよ」
 形の良い中程度のお胸様の前で、あきらの両腕が組まれた。
「おっといけねぇ」
 江戸時代の魚屋か何かを彷彿とさせる口調で、健吾はちゃぶ台に向き直った。ちゃぶ台の上には、青いノートパソコンがちょんと置いてある。
「かちゃかちゃ」
「いや、口で言ってもだめです。ちゃんと操作してください」
「へいへい」
 あきらの指示に従い、健吾はノートパソコンのキーボードを、今度は本当にかちゃかちゃとやった。ッターン!

「エンターキー押すのが強いと女子にうざがられるよ?」
「エンターキーと女子の因果関係がわからんよ」
 そんなこんなでしゃべりながら、健吾が操作したノートパソコンの画面には、ちゃぶ台前の2人(?)が産まれる前から存在した、なつかしのレトロゲーム『ファミリーコンピュータ』的なドット絵が、表示されていた。

 そのドット絵は、かろうじて『少女』と分かるデザインだった。

 ワンピースと思しき、水色ドットの集合で出来た服。白い四画の胸エプロンには、紫の線が縁取りをしている。カクカクした丸顔、その左右にたれる、金色または黄色っぽい髪。

 健吾は右手の指で、ノートパソコンの上下左右キーを押している。時折、指をホームポジションに指を持って行き、文字列を入力している。

 上下左右キーの操作に応じて、ドット絵の少女はノートパソコン画面上を上下左右に移動した。文字列入力に応じて、ドット絵の少女の口元からフキダシが表示された。台詞の出力だ。スピーカーから発する声は、少しエッジの効いた人工音声。

 そんな少女が表示された画面。それを覗き込む、リボン髪の妹系女、あきらは、両膝に両手を置き、かがんだ状態で言った。
「イルセの調子はどう?」

 一方、あぐらをかいた健吾のすぐ横には、画面を覗き込むあきらの胸部があるので、健吾は一瞬だけ目線をそちらに向け、すぐに画面に目線を戻しながら、言った。
「順調だね。85%ってところだ」

「そんなにリアリティを保てているんだ? あんなにイルセが動き回ったのに」

「世の理(ことわり)の8割は、弱肉強食だからね。イルセが送り込まれたぐらいじゃ、簡単には乖離(かいり)しないさ」

「ん-。法改正まで、まだまだ時間かかりそうだね……このままだと私、婚期が遅れちゃうよ」

 あきらを見上げた健吾は言った。
「あのさ、経年機能をキャンセルしてもいいと思うんだけど?」

「やだよ。それじゃ冷凍睡眠(コールドスリープ)と変わらないもの」

 そしてLIME経由で、『しまった』のスタンプが、あきらから健吾へと送信された。

ここから先は

0字
明るく楽しく激しい、セルフパブリッシング・エンターテインメント・SFマガジン。気鋭の作家が集まって、一筆入魂の作品をお届けします。 月一回以上更新。筆が進めば週刊もあるかも!? ぜひ定期購読お願いします。

2016年から活動しているセルパブSF雑誌『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE』のnote版です。

もしよろしければサポートをお願いいたします。頂いたサポートは、他の方の著作をサポートする為に使わせて頂きます。