おふろ大作戦。
なにかとても億劫だったことを、やりはじめるのにはきっかけがいる。
僕にとって、赤ちゃんといっしょにお風呂に入ることはその一つだった。以前ギャン泣きされて心が折れたことがあり「できたらずっとベビーバスのままでいきたい」と思っていた。
それが変わったきっかけは、ベビーバス「リッチェルⅡ」に穴が空きはじめたことと赤ちゃんが入浴中につかまり立ちをするようになったこと。そして最後のひと押しが台風一過だった。台風はお風呂と関係ないのだけれど、すがすがしい気候は気持ちをさわやかにし、新しいことをやりやすくする。
お昼に澄んだ青空の下、自転車を走らせて100均とホームセンターをまわり、新しい手桶と風呂用の椅子を買った。椅子は座りやすいよう、高めの35㎝ のものを選んだ。
そして夜、妻に脱衣所に待機してもらい、いよいよ入浴。
記録によると、いっしょに入るのは 2月9日以来。この日に心が完全に折れて「リッチェルⅡ」を買ったのであった。
まず僕が先に入り、シャワーで体を流す。いつものようにベビーバスにお湯を入れ、赤ちゃんを呼び込む。浴室には新たな手桶と椅子がセットされている。
赤ちゃんは浴室に入った途端、それまでのご機嫌が嘘のように不安げな表情になり、泣きはじめた。大きめの椅子か裸の僕か大人たちの緊張感か、いつもと違う状況になにかを察知したらしい。
しかし、僕の心境は以前と違った。落ち着いて赤ちゃんを湯船につかまり立ちさせ、シャワーを体にかける。ガーゼで頭を濡らし、いつものようにシャンプーする。高めの椅子が使いやすい。その間、赤ちゃんは泣き続けていたが気にしない。
それが済むといよいよ入浴。抱っこして浴槽に浸かると赤ちゃんはつかまり立ちで立つことができた。もちろん泣いたままである。それでも「大きくなったなあ」という感慨があった。以前は湯船の半分にも満たない大きさだったのだ。
外の脱衣所では「だいじょうぶだよー」と妻が赤ちゃんに声をかけ続けていた。しかし、赤ちゃんの泣き声はますます大きくなる。
しばらくして、ざばっとお湯からあげ、妻に赤ちゃんを託した。浴室の戸が閉まり、ふぅ〜っとひと息。脱衣所から妻が服を着せるために赤ちゃんと格闘する声がしていた。
起きたことは、2月9日と変わらなかった。ずっと泣きっぱなしだったから、それよりひどかったかもしれない。それでも「なんとかいけそう」という手応えがあった。あのなにもうまくいかなかったのに「いけそう」と思う感じはなんだったんだろう。
妻に連れられて赤ちゃんが去り、ひとりで入浴している間、ベビーバス「リッチェルⅡ」を湯に潜らせた。
内側の深く、以前補修したところから激しく泡が出てきた。一見して「これは直りそうもない」と分かった。10数カ所も補修してきたのに、ここまでの致命傷ははじめてだった。たぶん寿命だろう。
そんなわけで、今夜も赤ちゃんと入浴する。
それでも泣き続けたらなにか考えなければならないが、このままベビーバスは使わなくなるような気がした。それを知っていたかのような「リッチェルⅡ」の大往生。ボコボコと吹き出した泡が、僕にはそんなふうに見えた。
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