危機感をもつとしたら_

危機感をもつとしたら。

「危機感をもってください」

という言葉を聞いたのは、だいぶ昔、会社員の頃だったと思う。

社長が管理職の人たちに向けて、新年の訓示かなにかでそう言っていた。
ヒラ社員だった僕は「やらねえな」と思って、それを聞いていた。

新聞のスポーツ欄で見たこともあった。

「危機感をもってやりたい」と選手本人が言うこともあるけれど、大抵は、監督から選手とか、ベテランから新人とか目上の人から下の人に対して注意を促すときに使われていた。

「危機感をもってやってね」

だから昨日、この言葉を児童館の学習会で聞いたときには、ちょっと驚いた。

中学生、高校生が集まる夜間の学習会。
女性サポーターの一人が、中学一年生の女の子にそう言っていた。

女の子は、学校で課される宿題を出せていなかった。
名古屋では高校進学にあたって、学校での内申点が大きく影響する。宿題を出せていないと、内申点に響く。

サポーターは、そのことを心配していたわけだけれど、それにしても、口調が強かった。

「それでいいの?」

「将来、希望の高校に行けなくなるよ」

「やっていない子は見なくていい。上を見ていこう」

聞いていて、いやな感じがした。こわいな、とも思った。

それで、どうしてそんなに強い口調になるのか尋ねてみると、彼女は、こんな話を聞かせてくれた。

「私は、中学の時、勉強をさぼって、
 希望の高校に落ちたんです。
 そのことをすごく後悔していて、
 同じ思いをさせたくない
 と思っています。」

「だから、その頃の自分のように、
 逃げたり、話をそらされたりすると
 つい、腹が立ってしまうんです。」

あの口調の裏には、自分の強い後悔が含まれていて、それを良心から伝えていたのだ。

その頃の自分は許せていないのかな、

と尋ねると、彼女は、きっぱりとこう言った。

「はい。許せません」

なんだか胸が痛んだ。

彼女はいま、中学一年生の女の子に言ったのと同じように自分を叱咤して、目標に向かっていると話してくれた。

そこまで聞くと、なにも言えなくなってしまった。
彼女がそうしていることが、悪いこととも思えなかった。

「相手に起きていることと、
 自分が自分に言いたいこと
 が混ざると、
 必要以上に強い言い方に
 なってしまうことがあるよ」

とだけ彼女に伝え、それから、

「でも、それってつらくないのかい?」

と、言うだけ言った。

届く気もしないし、その必要もないのかもしれないけれど、なにか言いたくて。

危機感を抱くと、人は実力以上の力を発揮することができる。キン肉マンの「火事場のクソ力」みたいに。
それはそうなのかもしれない。

でも、キン肉マンのあれは不安に駆られたのではなく、友情を感じたときに発動する力だったじゃないか。だとしたら「危機感をもて」と誰かに言うことに、何の意味があるのだろう。

一夜明けて、そんなことを考えている。

でも、そんなことより

僕は、本当は彼女になんて言いたかったのかな。

そう問いかけると、なんだか切ない気持ちになる。

もし危機感をもつとしたら、そこで言いたいことを言い切れなかった自分に対してだな、と思う。

伝えたかったその言葉は、まだ見つかっていない。
だから、こんな文章を書いている。

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