ある日山の中
「ここがじぶんちだ」という自覚はいつから生まれるのだろう。
少なくとも、僕と奥さんにはまだない。
福岡県那珂川市の南畑地区に住みはじめて、もうすぐ二週間になる。
ある日突然、都会から山の中に引っ越して、いまだかつてない暮らしがはじまった。
新しい土地、新しい家、新しい職場。なにもかもが新しく、ついでに台風が二つ、大きな落雷が二晩にわたりやってきたので、落ち着くヒマがない。
それにこの町はなんだか面白くて、毎日のように新鮮な体験に出くわす。
今日は中ノ島公園にある「四季彩館」という場所でランチを食べた。
ものすごくおいしかった。長年フレンチの修行をしてきた女性シェフが腕によりをかけた料理だから当然といえば当然かもしれない。お肉はふわふわ、パンもサクサクのほかほかだった。
でも、ここはふだん公民館にも使われている場所なので気取ったところがない。それにオープンしたてだからだろうか、まだ定まっていないところもけっこうあって、お店をいままさに手づくりでつくっている感じがした。
メニューの中身、提供のしかた、座席の配置、スタッフさんのシフトなど、ひとつひとつ、細かいトライ&エラーが蓄積されていく。「店」というと、都会のそれはすでに完成されているから、こういう過程を間近で見られるのは楽しかった。誰がバイトに入ってもスムーズに食事が提供できるファミレスのオペレーションは、知恵と経験がたくさん集まったものなのだと知った。
昨日のステンドグラスもそうだけれど、
毎日、初体験のことだらけで、ビックリしている自分に気づかないくらい面食らっている。引っ越しといってもいくらかは「いままでの延長線」上の要素が残るものだが、今回はそれが本当に少ない。
だからなのだろう。
転勤、転居には慣れっこで、だいたいすぐに新しい場所に適応してしまう僕ですら、まだ「じぶんち」感をつかみ損ねている。そして、自分で決めた引っ越しなのに "巻き込まれた感" がハンパない。
『オズの魔法使い』でドロシーが家ごと竜巻に巻き込まれて、不思議なオズの国にたどり着くけれど、その感じに近い気がする。臆病なライオン、ブリキの木こり、脳みそが欲しいカカシ。そこで出会う誰も彼もが不思議でクラクラしているうちに、次第に本筋に導かれていく。
僕らはその渦中にいるのだろうか。
今朝、出勤する奥さんを見送ったときに写真を撮ってもらった。
「いってらっしゃい」の瞬間を写したはずなのに、バスを降りてくる人を迎えているように見える。自分の意識よりもずっと、写真の僕はこの土地になじんで見えた。
近い将来、僕はこんなふうに「オズの国」こと南畑を訪れる人を迎えるようになるのかもしれない。そのとき、僕はここを訪れた人にとってのブリキの木こりみたいな存在になっているんだろうな。
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