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贈り物の上手な人に。

数日前の僕は、帰り際、サッと席を立てる人にあこがれていたが、今日は、上手に贈り物ができる人っていいなぁと思った。

たとえば、知人になにか特別なことがあった時に、ささやかだけど素敵なものを贈れる人だとか。

なんでそんなことを思ったかというと、 "行きつけの" お茶屋さんでおいしくてセンスのいいお菓子を出してもらったからだ。

センスよし

フワッとした歯ざわりで甘さも上品。この店の日本茶によく合ったし、包装もきれいだった。こういうものを知っていて選べることがすごいと思った(そして、店のメニューでない差し入れを、さりげなく他のお客さんにお裾分けしているこのお店も実にいいなぁと思った)。

僕はというと、この分野については全くダメ。というか、エントリーすらしてこなかった。

若きサラリーマンだった頃は、職場におみやげを買ってくる人に「意味がわからない」と思っていたし、すこし大人になって自分が買うようになっても、値段が安くてみんなに配れる無難なものばかり選んでいた。というか、それしか選びようがなかった。

余談だが、先日、職場に「博多通りもん」を買っていったら、前の人も「通りもん」を買ってきていて、かつ、僕のよりサイズが大きかった。そのぐらいのダメっぷりのまま、現在に至る。

とはいえ、いつもお世話になっているので、今日は僕らもお店に差し入れを持っていった。これがいいか、あれがいいかと迷ったが、差し入れてみると「ありがとう」を形にできるのがなんだかうれしかった。その差し入れは、例によって自然なかたちで他のお客さんにお裾分けされ、いっしょに食べることができて、お礼を言われたりなんかして、豊かだった。

が、

なんと、

お店からまた贈り物をいただいてしまった。

それもめちゃくちゃ欲しかったものを。

『半沢直樹』もびっくりの倍返しだ(!)

しかも、僕ら夫婦のために「これは重たく感じるだろうか」などと考えてくれたという。また感激してしまった。「なにを贈ったらいいんだろう」と迷う時間は、贈られる側にとって、こんなにうれしいもんなんだと気づかされた。

知らないところで、自分たちが喜ぶかどうかを想像してくれている。
そんなありがたいことってないよな。たしかに。

僕も億劫がらずに「なにを贈ったらいいんだろう」の悩ましさに参加しようと思った。それを贈る相手は、きっと何を贈っても喜んでくれたりするのだけれど、自分の「ありがとう」を形にするためにも、ちゃんと迷って、リスクをとって決めるのがいいと思ったのだ。

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