言葉にできない。
終わる筈のない愛が途絶えた。
小田和正さんがかつて所属していたオフコースというバンドの名曲「言葉にできない」は、こんなふうにはじまる。
オフコース解散時の曲だと記憶していたが、いま調べてみたら、メンバーの一人脱退するときの曲だった。
リリースからだいぶ経って「あなたに会えて本当によかった」というところだけCMで使われるようになったから、明るい曲だと勘違いしている人は多いと思う。
けれど、これはとても悲しい歌だ。「ララララララ」というサビは、そうとしか歌いようがないからそうなったのだと思う。
だからこそ名曲だ。
この曲が唐突に流れたのは、「きくこと」の師匠、橋本久仁彦さんとの場で僕たち夫婦が影舞をしたときだ。
影舞はなにか、という説明も必要だろうけれど、もっと大事なことを書きたいので省略する。ぜひ実際に体験してほしい。
で、その影舞は本来、指先の一点に集中して相手とコンタクトをとる。したがって、曲が聴こえるなんてのは下手くその証明にしかならないのだけれど、聴こえた瞬間「悪趣味な」と苦笑した。僕たち夫婦の関係は、またしても危うい感じになっていたからだ。
でも、違う。きっと違う。
名古屋の長善寺さんに、橋本久仁彦さんをお迎えした七時間。
僕にとっては最新の、「梢」のところにいる橋本さんの語りを聞けて、とても充実した時間だった。
中でも、この話が印象深い。
ある施設で、重度の障害をお持ちの方にお会いしたときのこと。
体はひん曲がって、車椅子に乗っている彼の、声にもならないような声を丁寧にたどっていく橋本さん。
そこで聞いたのは、
「みんな、ヘルパーさんとばかり話をする」
そして、
「だれも僕をこわがってくれない」
だった。
以前は違ったそうだ。特に子どもは彼を見て、その姿勢を真似て冷やかしたりしていたという。
子どもに冷やかされる。それが障害をもつ彼にとっては「自分がいる」という実感だった。
いまは、そうされることすらない。彼は孤独だ。
関わる人がいないから、聞く人がいないから、彼はなにも言葉にできない。
橋本さんはいま、そういう人たちの言葉のそばにいるように思えた。
そして、僕たちが「やさしい」とか「配慮」として教わっていることは、一体なんなんだろうとも思った。
あなたに会えて本当によかった
嬉しくて嬉しくて言葉にできない
優れた詩人は、言葉にできないことを歌にする。
本当のことを作品の中にひょいと混ぜる。
決して、そのままは言わない。
なぜなら、それは言葉にできないからだ。
橋本さんとの場は、そんな時間だった。
僕たちは本当は聞けていない。
それが分かるのは、ずいぶん時間が経った後だったりもする。