芳しき湯気の中には……(再録3)

 私が一番好きなコーヒーはハワイ・コナです。そうでなかったらベトナム風みたいにコンデンスミルクが入ったうんと甘いのとか。ベトナムじゃフランスでは廃れてしまったコーヒーの淹れ方が残っていたなんて言われていましたけど、今じゃどうなったのやら?
 ああ、ニオイに関してはね、このコーヒーだって臭気のトラブルになることもありましてね。苦情が出たときに『コーヒーのニオイが好き。あれを悪臭だなんて言う人の気持ちが分からない』っておっしゃる方がいます。
 恐らくこれはコーヒー豆を挽くとき、またはコーヒーを淹れる時の香りのことを言っているのだと思います。確かにそっちの方は良い香りです。1日中嗅がされていたらどう感じるか知りませんけど。
 コーヒーは、ご存じとは思いますけど。生の豆を煎ってから粉にします。焙煎って言うのですが……はい? 焙煎しない生の豆を挽いて淹れたら? 知りませんよ、自己責任で試してみてください。ちなみに『生のピーナツ』っての、そのまま食べてみたことがありますけどぐにゃぐにゃキシキシした歯ごたえで青臭くて、ちっとも美味いものじゃありませんでした。
 それでですね。生のコーヒー豆を焙煎する時ってのは、もンの凄い悪臭が発生します。家から駅に行く途中に自家焙煎のお店があるのですけど、周囲1キロくらいには焙煎臭が漂います。
 この悪臭の主な成分が『アルデヒド類』と『脂肪酸類』でして、他にもたばこの煙並にもの凄くいろいろな種類の物質が入っています。そうそう、たばこと同じくヤニも相当の量が発生しますね。
 でも豆の中にあった全部が全部煙になって飛んでいくワケじゃありません。それでは味も香りもなくなってしまいますからね。何しろ後で活性炭代わりにまでなるコーヒー豆ですから、相当量の物質が豆の中に残ります。
 残るのは恐らく『糖』と『脂肪酸類』じゃないかと思うのですが。それが豆を砕かれてお湯に浸されることによって溶け出します。
 このうち。『糖』は豆の組織にくっついて、コーヒー液には出てこないそうです。糖が多すぎると微生物が働きにくくなるので、コーヒー滓はコンポスト(たい肥)になり難いらしいです。
 で。その、お湯に溶け出した成分がコーヒー独特の味と香りとなって、カフェインの効果とともに中毒症や依存症を引き起こすワケです。

 そう言えば。液体になったコーヒーは、抽出して時間が経つとだんだん黒っぽくなってきますよね。あれは酸化して行くとタンニンが強く発色するのじゃないかと思いますが。
 その昔、アメリカ軍が真珠湾攻撃に遭った時に急いで平時軍服(白)から戦時軍服(カーキ色)に着替えるよう命令が出たんだけど。着任したばっかでまだ戦時軍服を受け取っていなかった将校がいらっしゃいましてね。機転を利かせて浴槽に大量のコーヒーを入れてそれで染めたそうです。いかにもアメリカ人がやりそうなことですね。
 で、それにはまだ続きがあって。一生懸命コーヒー軍服を作っている最中に『日本軍はカーキ色の軍服を着ていることが判明したので、すぐに白い軍服に着替えよ』って命令が出たそうです。その後一体どうしたのかものすごく気にはなりますが、そこまでしか知りません。

 え~と。ニオイと関係ありませんでしたね。

 どこまで話しましたっけ? タンニン? はいはい、えーとですね。『タンニン』ですけど、これも直接ニオイとは関係ありません。お茶にもタンニンが含まれていて、それは『茶渋』の原因です。
 はい? コーヒーを飲むと口臭が出るのはどうしてか? 私はあまり気にしたことはありませんが、その辺の資料は……えーと、私のタブレットにはニオイの知識データがいろいろ入ってましてね……確かコーヒーのにおいについての資料はこのへん。あったあった、『嗜好品の香気成分1・6・2 コーヒー編』こーゆう謎な資料がいっぱい入ってます。
 それでと……『アセトアルデヒド』に『3メチルブチラール』多分いがらっぽい香り成分ですな。『蟻酸メチル』に『酢酸メチル』はエステルだ、これは芳香成分だな。
 『アセトン』『ジアセチル』『メチルエチルケトン』ふ~ん。これはまたクセモノな物質が『2.5-ジメチルフラン』なんて物質も検出されています。これはバイオ燃料ですね。
 あ、『硫化メチル』に『二硫化メチル』と。に……『二硫化炭素』!? 0.2って、これppmか? 凄い物質が入っていること。これは純粋なものだと有毒な特殊引火物です。これ抽出液中に出てくるのか? いや沸点50℃くらいだからお湯注いだ時点で飛んじゃうな。コーヒーをドリップしながら「良い香り~」と感じていると、知らないうちにこんな危険なガスも吸っていたんだな。

 う~む。怪しいのはやはり硫化物ですね。『硫化メチル』と『二硫化メチル』は非常に薄いと『江戸むらさき』みたいな海苔の香りに似ています。濃いともう、典型的な下水臭の成分です。
 アセトアルデヒドが分解して酢酸になって、劇的に変なニオイになるってのもありそうです、二日酔い独特のニオイもこれですから。まあ人間の体内酵素が絡んでの話だから、いろいろな可能性がありますけどね。
 ここはやはり『ダイアセチル』って物質が怪しいですね。『バター類似臭、漬物類似様』って脂肪酸と似通ったニオイがするそうですから。ビールを醸造する際に、風味を台無しにしてしまう物質らしいです。あ、そう言えばこれは『ジアセチル』とも呼ばれてミドル脂臭の原因物質だったな。
 ですから、コーヒーを飲むと。まずコーヒー液に溶け込んだタンニンが『あく』として舌を主とする口の中に残留する。その際タンニンは二硫化メチルとかイオウ化合物を取り込んで、それにジアセチルとかも加わって口の中に独特のニオイが残る……ってところですかねぇ。
 ところで。ペーパーフィルターやネルを使ってコーヒーを淹れますと、コーヒー豆に含まれている油脂分が全部フィルターに濾し取られてしまうそうです。つまり香りが減ってしまうのですね。だからネルを洗って乾かすと、その残った油分が酸化して嫌なにおいを発生させてしまいます。だから使い終わったネルは水に浸けておいて絶対に乾かしてはいけないと言われます。
 コーヒー豆の油分を残して淹れる方法がひとつだけあるそうなんですが。紅茶を淹れる、あのガラスのポット型で上からハンドルを押し下げて茶葉を押し沈めるのがあるじゃないですか。あれは金属フィルターで油を吸わないからコーヒー本来の香りが楽しめるらしいですよ。凝っているなら一度試してみたらどうですか?
 
つづく

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