梶くんはボウリングが下手
こちらは2022年11月3日にふせったーにて公開した文章です。
パラダイス観劇後の日記②、ヤクザたちの三角関係について
「梶くんはボウリングが下手」
とんでもないタイトルと暴論であるが、これもまた「無い話」の一種であり、個人的なメモのつもりなのでとりあえず見逃してほしい。
パンフレット内のインタビューに気になる言葉があった。
ニュアンスでは、赤堀さんは通俗的な感情のもつれと恋情かのような言葉を含む“梶くんと辺見さんと真鍋さんの三角関係”をラストに持ってきた、という。
赤堀さんが作る舞台を初めて見た一般人の感想としては、赤堀さんは何気ない会話の中に布石を散りばめていく方なんだなと思った。それも着実に、かなりの数の。
そこで私が気になったのが「ボウリングのシーン」だった。
厳密に言えば、ボウリングをしながらの会話である。
梶くんの行動が辺見さんにすべてバレていたこと、辺見さんが梶くんの家族・小川家のことを調べ上げていること、無謀なことはするなと釘を刺されたこと
それらの必要性についてではなく、疑問に思ったのはわざわざボウリングをしながらする会話だったのか。
なぜ“ボウリング”をしていたのか?
だって、ボウリングがそちらの世界の娯楽だというイメージは正直ない。1ミリもない。老若男女、時間も性別も問わないスポーツ、ゲーム、うちのばあちゃんだって昔はハチャメチャにボールを投げまくっていた。
そりゃ誰でもできるものならそちらの方々だってするだろうけど、それならもっと麻雀とかスロットとか、「夜」のイメージを持った遊びでもよかったと思う。(個人的な偏見であるが)
だから、ボウリングもなにかの比喩なのではないか、と考えてみた。
まずボウリングとは、自分の手でボールを投げて、目の前に並んだピンを倒していくゲーム。倒れたピンの数だけ得点が加算されていく。
冒頭に梶くんたちの研修生グループがいた舞台下段とは打って変わって、上段でボウリングを楽しむ辺見さんと青木。
あの構図はとても分かりやすくて助かった。
2人のキャラ付けをするのにもってこいだったし、ライティングも舞台装置の高低差も、下界と上界を色分けて住む世界の格差を可視化する役割があったと思う。
青木に負かされそうになっている辺見さんは、最終フレームにパンチアウトしても勝てる望みがないことを知り、やる気がなくなったと代わりに真鍋さんにボールを投げさせる。
が、レールに乗って戻ってきたボールのうち、黒みがかった1つに真鍋さんが手をかけた瞬間、辺見さんが俺のボールを使うな!と怒鳴った。
自らピリつかせた空気を誤魔化すように甘えた声で、精巧に作ってもらったから誰にも触られたくないのだと言った。
そのあと、真鍋さんは青木が使っていたピンク色の、おそらくボウリング場が貸出しているボールを使った。投球フォームはお世辞にも綺麗なものとは言えなかった。
確かに辺見さんは専用のグローブやウェアを身につけ、昔あった別のボウリング場を好きだったと懐古していた。
かなり昔からやり込んでいて、おそらくお金もかけてきたのだろう。真鍋さんのように不慣れな人には特に触れられたくなかったのかもしれない。
犬のおしりでも撫でてますか?ってくらいソフトに手を伸ばすだけでストライクを獲る真鍋さん、私はかなり好きだったけど。
さて、これを詐欺グループにおける辺見・梶・真鍋、3人の立場に置き換えてみる。
繰り返しにはなるが、ボウリングは自分の手でボールを投げて、目の前に並んだピンを倒していくゲーム。倒れたピンの数だけ得点が加算されていく。
投手はシーンの通り、もちろん辺見さんである。
とすれば、ターゲットとなるピン=詐欺の被害者、得点=騙し取った金 というふうには考えられないだろうか。
ではこの場合、辺見さんが誰にも触られたくなかったマイボールとは?
辺見さんが大事に大事に扱っているそれは、青木の使ったボールとは違い、黒くて重苦しい色味をしていた。
私にはあれが、真っ黒な服を着た梶くんにしか思えなかった。
投手のコントロールでピンを倒す。
それがまさに、“梶浩一”という部下を使って人々から金をまき上げる辺見さんとリンクしているように感じた。
この2人の関係性がどうやって始まったのかは明かされていないが、おそらく登場人物たちの中では最も濃い付き合いであろう。
若い頃は、辺見さんの家に住みこんで犬の散歩して車を洗って愛人の世話までして、カウンターで寿司を食わせてもらって泣いた梶くん。
普通に学校に通って彼女も出来て大学にも行って就職もした、いわゆる普通の生活を送ってきた、ただの素人だった梶くん。
そんな梶くんを辺見さんはずっと、精巧に作ったマイボールのように大事にしてきた。
では、そのボールに触ってしまった真鍋さんはどうか。
パンフレットに、真鍋さんは梶くんよりも辺見さんや青木との方が付き合いが長いとあった。
しかしながら「梶さん」「真鍋」と呼び合うように、梶くんより下の立場にいる。
ヤクザとして裏社会で生きてきた真鍋さんが、なぜ梶くんの下に?と思っていたけど、もともと『パラダイス2020』の時点からは梶くんが辺見さんから勢力拡大の指示を受け…という概要から始まっていたことを記憶している。
2022年版においてそのような描写はあまり無かったが、個人的に「辺見さんは面倒を見ていた梶くんのグループを勢力拡大する必要が有り、その一駒として親元から送り込まれたのが真鍋さんだった」と仮定した。
とすれば、この詐欺グループはヤクザへ金を差し出す役割であるので、真鍋さんは本来 梶くんを“コントロールする”立場にあるはずだ。
つまり、真鍋さんも投手なのである。
「投手交代」
そんなことになれば、辺見さんはもちろん気に入らなかっただろう。
先ほどの仮定の上で、勢力拡大の駒として真鍋さんを指名したのが辺見さん自身かどうかはわからない。
が、その真鍋さんと梶くんが新しく“店舗”を始めるなんてことを知ってしまったら。
自分が手塩にかけたものは簡単に触られたくない。
だから、易々と近づいた者は排除したい。
それが、辺見さんが言った俺のボールは使うなという言葉の意味であり、終盤の展開を匂わせる忠告だとしたら。
ある程度予測はできたはずだ。
それでも梶くんは分かっていなかった、辺見さんを見損なったのではなく、見誤っていた。
今やグループのリーダーになったものの、先にも書いたように普通の生活を送ってきた梶くんが、あんなに単純で感情優先で どうしても“性根が良い奴”っぽい梶くんが、あの世界の上まで自力で登れるとは思えない。
もちろん自分の努力も多少はあるだろうし、辺見さんが言った通り、這い上がるために頑張っていたのは間違いないのだろう。
だけど、梶くんをその地位まで仕立て上げたのは紛れもなく辺見さんだ。
梶くんが「詐欺師にしてはバカ正直で青臭い男」だとするなら、辺見さんは「ヤクザにしては小心者で女々しい男」だと思う。
「俺には辺見さんが必要で、辺見さんには俺が必要」とでも言ってほしかったのか、梶くんがいなくなるかもしれない状況に怯え、当てつけのように新たな“ご贔屓”を登場させた。
それが若林だった。
若林は辺見さんの“親”の愛人の子であり、急に目をかけたとしても言い訳がつく。
でも、だからこそ、梶くんは若林のような飛躍が許せなかった。
梶くんが暗くて彩度の低いシャツ、細身のパンツ、常に同じ革靴を身につけるのに対し、若林は柄の鮮やかで身幅のゆるいシャツ、デニム、場面によって変わるスニーカーを着用していた。
普通の家庭に生まれた梶くんと、裏社会のエリートである若林。
「“梶浩一”だから面倒を見てくれたんじゃない」
辺見さんが引っ張りあげた自分とは対極の若林を見て、梶くんはそう思ったんじゃないだろうか。
たぶん、梶くんは家柄の関係ない努力を認められ、若林のような優遇を勝ち取ったと思う。青木がいないとき、道化を演じて会話を盛り上げたと思う。真鍋さんがいないとき、率先して肉を焼いたと思う。
そんな梶くんの“頑張り”はもう、必要なくなった。
全くもって自分と共通しない“ご贔屓”を見て、梶くんの中の辺見像は崩れてしまった。
辺見さんの中学生のような、嫉妬大作戦は失敗した。
ただ、梶くんは辺見さんからかけられていた“寵愛”すら見誤っていた。
辺見さんは、ボウリングにおいて、たとえピンが上手く倒れなくても点数が取れなくても、青木やレーンのコンディションのせいにはするが、それを決してボールのせいにはしなかった。
8万円分の焼肉を無駄にした真鍋さんには激怒するが、梶くんが感情のままに起こしたヘマ(若林に対する逆上)を、わざわざ2000万もかけて回収した。
自分がしてきたことをわかっているのか、老人が何人命を絶ってきたかわかっているのかと、梶くんの“責任”をもろに明言したのは辺見さんの手を離れようとするときの最終手段だった。
歪んではいるが、愛されていた。
それを窮屈に思ったり、お願いを聞かなかったり、ゼロからでもやっていけると言ったり、梶くんは自分でゲームを支配できると思い込んだ。
こちらもまるで思春期の中学生だ。
そして、その青臭さのまま大人になってしまった梶くんは、“梶浩一”という人間は、あの屋上で死んだと思っている。
コントロールしてくれる投手がいなくなったからだ。
自分で投手になることもできなかった。
もしかしたら、梶くんにとってマイボールのような存在(になる可能性があった人物)は望月さんだったかもしれない。
が、部下である望月さんに向け、お前には関係の無い話だとあっさり切り捨ててしまった。
彼女を使い、利益を得て、辺見さんを超えていくことだってできたかもしれないのに。
梶くん自身がボール以外の役割になることはできなかった。
『パラダイス2022』という楽園で繰り広げられたのは
そんな、ひとりの人間を道具のように取り合いする大人たちの情のもつれであった。
最後に、ボウリングにおいて投げられたボールは、ピンを倒そうが倒すまいが関係なくレールに運ばれ、必ず投手の元に返ってくる。
行くも地獄、戻るも地獄
青木のいう地獄とは、ボウリング場をループする抜け出せないレールの上のような世界のことだったかもしれない。
ただし、それがずっと“普通”に生きてきた梶くんが新しく見たパラダイスであり、「自分は“普通”から抜け出せる」と思わせてくれる場所だった。
そこで他人の顔色なんて気にせずに、言われるがままに倒したピンのことなんて放っておいて楽しめばもっと上手くやれたのに、
そう惜しく思ってしまった。
ただ、無事に閉幕した『パラダイス2022』終盤において、青木にざまぁみやがれと銃を向けられた梶くんが諦めたように高笑いしたことはひとつの救いのように思えた。
演出変更の意図は正確にわからないけど、せめて笑ってくれよ、とでも言っているのだろうと考えられたからだ。
地獄を見てパラダイスだと騙された梶くんを、
詐欺師でありながら自分を騙しきれないほどに詐欺が下手だった梶くんを、どうしようもなく可笑しく思えるように。
予想以上に長ったらしく書いてしまったけど、
無い話はおわり。
とりあえず梶くん、ラウンドワンにでも集合しようよ。