Ep.1[場所:屋上]
【いたい。
ここに、いたい。
ずーっとここにいたい。】
[場所:高等部校舎 2階]
早朝の学校は静かであった。静けさに身を委ねて目を閉じて、幾度となく眠ろうとしたが、胸の奥で何かが蠢いて落ち着かなかった。
ひとまず、適当に歩き回ろうと立ち上がる。校内にいるのは数名の教師と物好きな生徒か、早朝から勉強しに来た“いい子”くらいだ。
─先生に遭遇しても、きっと大丈夫。いつも大丈夫だから。─
そんなことを考えている矢先、その先生に遭遇した。
「ん?何してるんだ?」
「あぁ、おはようございます、先生。ちょっとだけ散歩です。あんまり集中できなくて。リフレッシュしてました。」
「そうか…。毎朝毎朝頑張ってるな。きっと上手くいくよ。頑張れ。」
─また、嘘吐いちゃった。─
生徒はため息をついてぶらぶらと歩き回り、時に階段を上がった。階段を下りることはしなかった。
[場所:高等部校舎 7階 立入禁止の扉の前]
人気のない場所は、2階とは違って活力すらもないように思えた。掃除があまり行き届いてなく階段の隅の方が黒ずみ、埃が一段一段にうっすらと積もっているためだろうか。
勉強の合間のリフレッシュという嘘を使って今日もまた導かれるようにやってきた。
─ドラマやアニメではよく屋上の鍵は開いてるけど。現実はそうもいかないよね。知ってた。─
一度だけドアノブを捻って少し乱暴に押し、そしてパッと手を離せば、ガチャという音が響く。
もしもこの扉が開いて、屋上という開け放った空間に身を投じることが出来たらどれだけ幸せなのだろうか。
─掃除、しようかな。─
適当に6階から取ってきた使い捨てのモップ型クリーナーで、一段一段埃を丁寧に拭き取る。それでもやっぱり黒ずみだけはどうにもならない。
積もり積もって出来たものは、自分の居場所から離れようとはしない。
「…あれ?マジで委員長?」
「え…。」
「今日、私との約束あったのに全然見当たらなかったから。」
「え。」
腕時計を見ると約束の時間である、8時をとっくに過ぎていた。謝罪の言葉を述べる暇すらなく、目の前の陽気な女子はニコニコと笑った。
「掃除してたの?委員長ほんと偉いね〜。疲れないの?」
「疲れるけど…やめられなくて。」
「いい子依存症ってか。」
「な、何それ。」
「委員長のこと〜。で?やっぱ屋上開いてないの?」
「うん。」
「…委員長ほっとくと高いところ行くから怖いんだよね。前に宿泊行事で山に登ったときなんて、頂上のスリリングな場所に腰掛けてご飯食べてたし。」
「そういうつもりはないのだけど。」
「知ってる。委員長が言ってた通り高いところに登る人って“かまちょ”、多いらしいじゃん?」
「心外。」
「あっははは、ブッサイク〜。」
「…からかいに来たなら帰ってよ。約束を破った罪償いはするから。」
「じゃぁ放課後カフェで勉強な。朝勉強できなかった分倍やろ。」
こくりと頷く。
「で?なんかして欲しいことある?疲れた顔してるし。」
「充電する。」
「充電?私を?委員長がそんなこと言うなんて珍しいね?」
ガバッと少女は彼女に抱きついた。至極幸せそうな様子に後から来た彼女は、満足げにポンポンとその背中を叩いた。
「お疲れ。」
「ん。」
【暗黙の了解】
[屋上には絶対行かせない]達成
称号[ずーっとここにいたい]達成
「委員長。」
「…うん。」
「もう死のうなんて思っちゃダメだからね。」
「大丈夫。」
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