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Ep.3「い…いたい」

一言

 よく、周りに「めんどくさい」と言われる。いわゆる「メンヘラ」だと言われる。
 そんな人達に問う。
 “いつ”“どこ”で「私以外の女の子の連絡先を消して」とか「一生一緒にいようね」とか「飲み会は行っちゃダメ」とか言ったんだろう。
 そんなこと言ってないよね?

二言

 あーでも、少し思い当たる節があるかも。極度の潔癖症であるが故に、口うるさく言っていると、「うるせぇな」とか「細かい…」とか、あまり好感を持たれていないようなことを言われる。
 多分そこから溝が出来てしまうんだろうな、と講義中にこっそりため息をつく。

「ねぇ。」
「え?」
「この授業終わったら、暇?」
「えっと………なんで?」
「しっ。」

 静かにしろとでも言うように口から息を洩らして「ごめん、また後で。でも返事は用意しといて」とノートに書き連ねて私に見せてきた。じゃぁ、話しかけてんじゃないわよと悪態をつきたくなった。あぁ…私、本当に性格悪いのかもしれない。

三言

「で、返事は考えてくれた?」
「…いや、ここにホイホイ着いてきちゃってる時点で…もうそういうことでしょ…。」

 彼の奢りだという喫茶店のケーキを頬張りながら遠回しに「暇よ」と告げる。うん、味は悪くない。潔癖症ゆえに他人の作ったご飯にはあまり手を出さないのだけど、このお店は口コミの評価も高いし。寝坊して弁当を作れなかった日に来るにはいいかもしれない。検討しておこう。などと考えを巡らせている間、彼は黙ったままだった。何か策略があるわけでもなく、返答に困ってるような表情だった。

「…申し訳ないんだけど、どういうことか俺にも分かりやすく説明してくれない?」
「え。」
「えっ?」
「……じょ、冗談でしょ?分かってるんでしょ?わ、私に言わせたいんでしょ?意地悪。」

 そうではないことくらい分かっていた。あどけない表情には「分からないんだ」という言葉が顔に書いてあった。本当に分からないんだ、とは気付いていたが、素直にはなれなかった。
 こんなんだから、今までもフラれてきたのに。

「いや…本当に分からないんだ。…ごめん。俺、いつもこんなんだから他の人とかに疎まれてて。良くしてくれるダチもいるんだけどさ…。」
「ふぅん。別に気にしてない。………ど、どうせ私…“暇だから”…悩みあるなら聞くけど──うわっ?!」
「マジで?!君のこと前から気になってたんだよね。俺、真環留。真実の真に環境の環に保留の留で、真環留。よろしく。」
「ま、まわる?それ、名前?」
「うん。親は素直で、みんなの輪の中心にいるような人になってほしいって意味でつけた名前らしいんだけど、疎すぎて人の輪とか大きな規模じゃねーんだよな。いや〜…恥ずかしいよな。名が立たない。」
「……いい名前だと、思うけど。それに事実─私からすればだけど、真環留君は中心にいる人に見える。」
「あはは…多分、ソレ俺がこんな見た目してるからだと思うよ。」

 彼はそう言って服を摘んで引っ張った。

「バッカみたい。」

 咄嗟にその言葉が口から漏れて、恥ずかしくなって、顔を逸らす。
 赤くないよね?私の顔。まぁ、真環留なら気付かなさそうだからいいけど。でも…万が一気付きでもしたら?

「バッカみたいって何が?」
「…人の事を見た目だけで決めつけて…勝手に理想を押し付けて勝手に幻滅する奴が。多分真環留君を取り囲む女子の六割は、“そういう”連中でしょ。」
「……もしかして、君。」
「何?」
「…えーっと、明るい茶髪のえーっとコイツ!コイツの元カノ?」

 そう言って真環留君は、スマホを見せてきた。真環留君の隣には、確かに明るい茶髪の男─元カレがいた。
 確かコイツは「もう、付き合いきれないわ、ごめん」ってしおらしくしてた奴ね。別に、怒ってる訳じゃない。なんなら今まで付き合ってきた中で一番関係が続いた。でも、散らかし癖があってそれを何度か咎めてたら、ギクシャクしちゃったんだっけ。
 真環留君の友達なら優しいのも納得がいく。

「…そうだけど、何?」
「…付き合おう!」
「………は?」

四言

「は〜…。」
「環ちゃん?どうしたの?」
「いや…過去のことを思い出して、いかに真環留がバカで世間知らずなのかを思い出してた。」
「めーぐーちゃーんー。」
「はいはい、ごめんってば。」

 適当に、丁寧に撫でる。あの後私は真環留の押しの強さに珍しく折れてしまったのだ。
 そして最近聞かされたことは茶髪の男─元カレは「俺よりも真環留との方がうまくいく予感がして。んで、気を遣わせるのも悪いから俺がフッたって訳。ごめんな、俺のせいで」と私に言ってきた。今更気にしてた訳でもない。しかしそう言われるとこちらまで申し訳なくなって、珍しく素直に謝罪した。すると元カレは「環のおかげで片付け出来るようになったんだ」と片付いたワンルームの写真を見せてきた。「あっそ」とだけ返した。

「環ちゃん。」
「何?」
「んふふ、好きだよ。」

 最近悩みがある。そう、真環留の愛情表現が激しいことだ。青汁でもなんでも苦いものを飲んで口直ししたいレベルで。
 どうして真環留は、私からの愛情表現があまりなくてもこうして言葉をくれるのか全く分からなかった。

「なんで。」
「環ちゃん?」
「なんで…アンタは、そんなに健気なのよ。私が怒っても、直してほしいところを指摘しても健気に…受け入れてくれるの?」
「…俺、怒られるのは慣れてるよ?それに、環ちゃんは他の人と違ってビシッと言ってくれるから─。」
「理不尽にキレる時だってあるでしょ。突き放したりとか。」
「疲れてるんだなぁって分かってるから。」
「…めんどくさくないの?」
「ううん、めんどくさくないよ。むしろ環ちゃんは分かりやすいから、鈍感な俺にとってはありがたいよ。」
「メンヘラだって思わないの?」
「思わないよ?」
「真環留のこと振り回してんのに。」

 よく分からなかった。あれこれ気持ちを吐露し始めて、また真環留を困らせてる。
 なんで泣いてるんだろう。なんで。
 なんで言えないんだろう。「好きだよ」って。「愛してる」って。

「─いたい。」
「痛い!?ど、どこが?」
「い、いたい。」
「どこが…?」
「言いたいっ!」
「め、ぐちゃん?」
「愛してるって…言いたい…。」
「………うん。俺には伝わったよ。」
「私を…見てくれてありがとう…。」
「…背中さすろうか?」

 とりあえず、身を委ねよう。真環留は私の全てを受け止めてくれる。
 私も…変われるかな。

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