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【小説】デズモンドランドの秘密⑩

※前回はこちら。

アニマルキング

 草をかきわける音で、流花は目を覚ましました。
 どうやら、真っ暗闇の中でうずくまっているうちに眠ってしまったようです。そのままじっと息をひそめます。草で姿はほとんど見えないので、相手は気づかずに通りすぎてくれるはずです。
 ――相手が人間なら。
「こちら、こちらです。この大木の下。ここです、ここにいますよ!」
 頭の上の方で甲高い声がしました。
 見ると、巨大な黄色いくちばしを持った灰色の鳥が、頭上で飛び回っていました。
 前の方で、また草がざわざわ音を立てます。
 流花は、「あっ」と声を出しそうになって口を押さえました。
 草の隙間から、数頭のライオンがこちらを見ています。
 恐怖で体が固まってしまって、動くこともしゃべることもできませんでした。
「見かけない顔だな。一人か、仲間とはぐれたのか?」
 立派な黄金のたてがみのライオンが、流花の前に姿を現しました。
「出演作と名前を訊こうか?」
「あっ、あの、スインガさん――ですよね?」
「スインガ様、様です!」
 頭上の鳥がわめきました。
「すいません……。スインガ様ですよね?」
(この鳥、スインガのおつきで、確かカカっていう名前だっけ)
思いだしながら流花は訊ねました。
「そうだ」
 スインガはうなずきます。
「私を見て一目で誰か分からない者はそうそういないだろう。もしや、お前はデズモンドワールドの住人か?」
「はっ、あの、はいっ、そうです!」
 流花は、デニスとクリスを捕まえてから今までのことをこと細かに説明しました。ついさっき信用していた人に裏切られたばかりですが、今はスインガを信じるしかありません。
「つまり、『ユーリ』の町までいきたいから手伝え、ということだな」
 すべてを話し終えた時、スインガは静かにいいました。
「手伝えというか、あの、力を貸してもらえたら」
 流花はしどろもどろになっていいました。
 相手はライオンなので、表情からは何を考えているか読みとれませんでした。
「私もやっかいなことにはまきこまれたくないのだが、このままこの少女を連中に連れていかれるのもしゃくだな」
「お気持ちは分かりますが、どこから監視されているか分かりませんよ、あのハイエナどもだって――」
「ハイエナどもに何ができる」
 スインガはふんと鼻を鳴らしました。
「協力してやろう。ただ、私もエメラルダの二の舞になどなりたくはない。町の見えるところまでなら、送り届けてやる」

 スインガは流花を乗せて疾走しました。
 ライオンなので、お世辞にも乗り心地がいいとはいえません。初めは遠慮してそっとたてがみをつまんでいたのですが、ふり落とされたら大変なことになってしまうので、途中からはぎゅっとつかむようにしました。幸いスインガは痛くも何ともないようでした。
 大勢で移動すると目立つので、他のライオンは大木の辺りに残っています。
「もうじき夜が明けますよ、明るくなったら目立ちます、急いでください!」
 カカがとなりを飛びながら忠告しました。
 確かに、左前方の空にほのかに赤みがさしてきました。もう少し明るければ、流花の目でも充分に辺りの様子が分かりそうです。
「そうか、もっと背中を低くしろ、目立たないように」
「は、はい!」
 流花はいわれたまま、スインガの背中に体をぴたりとくっつけます。背中の振動に合わせて密着している頭がふられて、目が回ってきました。
「王様、王様、誰かがこちらに近づいてきます!」
「ハイエナか?」
「違うようです――ああ、大丈夫です、ベラニ様です!」
(ベラニ様――ヒロインのメスライオンだっけ)
 メスのライオンが、近づいてきてぴったり並走してきました。
「仲間から聞いたわよスインガ、あなた、脱獄犯に加担するつもり?」
「人聞きが悪いな、見殺しにはできないだろう。それに、この少女が『ユーリ』の町まで逃げのびれば、我々にとっても都合がいい」
「そうね。でも、このまま進まない方がいいわ。仲間からの情報だけど、この先にハイエナの群れがいるそうよ。迂回した方がいいわ。あたしはこのまま真っ直ぐ進んで、ハイエナどもをおどかしてくる」
「そうか、頼むぞ」
 スインガは左へ軌道を修正しました。
「と、いうことだ。連中がハイエナどもに捜索するよう指示を出したんだろう。奴らに見つからないようにいくぞ」
「ハイエナっていうのは、映画の中で敵だったあのハイエナですか?」
「そうだ。映画が終わっても、連中はハイエナどもをいいくるめて、我々を監視させているのだ。我々が連中に刃向かわないようにな」
「スインガ様! 前、日が出てきました!」
 スインガは足をとめます。
「おりてくれ。協力できるのはここまでだ。ここからは自分で歩いていけ。今太陽が出ている方へ進めば半日程度でつくだろう」
「分かりました」
 不安だけど、ここからは自分でいくしかありません。
「本当に助かりました。スインガ様とカカさんも気をつけてください」
「お前は自分の心配だけしていればいい。私はこれからベラニと共にハイエナどもを追っ払ってくる。お前の進む方向にハイエナが移動することも考えられるからな」
「本当にすいません、あと、あの、」
「何だ?」
「私と同じ年くらいの男の子を見ませんでしたか? デズモンドワールドの住人で、友だちなんですけど」
 スインガはたてがみを横に振りました。
「すまないが、お前以外にデズモンドワールドの住人は見ていない」

 流花はまた一人になってしまいました。夜明けの薄暗い草原をとぼとぼ歩いていきます。
 明るくなっても、辺りは草のざわめきと鳥の声しかしません。
進んでいく方向に町がないか目をこらしましたが、まだ何も見えませんでした。
(今頼れるのは自分しかいない。次の町までは自力でつくしかないんだ。私ががんばらないと佐伯君は見つからないし、エメラルダさんを助けてもらうこともできない)

 
『アニマルキング』
 あらすじ
 スインガは、ライオンの王様ラジャの息子である。だが遊ぶことにしか興味のないスインガは、ラジャや目付け役のサイチョウのカカたちから逃げて今日も遊び回っていた。ある日スインガは、うっかりハイエナの縄張りに迷いこんだ。いくらライオンでも、子どものスインガでは逆にやられてしまう。スインガは逃げだすが、すぐに、ハイエナが逆に逃げていくことに気がついた。見ると、スインガの前に密猟者のトラックがせまっていた。スインガは密猟者に連れさらわれる。その時スインガを探しにきていたラジャがトラックを発見し追跡するが、密猟者に撃たれてしまう。スインガはあっという間に飛行機でアメリカに送られ、サーカスに売られる。そこにいる動物たちは、昔は自然界で暮らしていた者、生まれた時からサーカスで暮らしていた者など様々だったが、みんな今の生活にすっかり満足していた。初めは撃たれた父や仲間を思いだし途方に暮れていたスインガだが、サーカスでしつけられていくに従って昔の記憶をなくし、人間のいう通りに行動してさえいれば危険もなくおいしい餌にありつける、今の状況に満足するようになっていた。二年の月日が経ち、サーカスに新しいライオンがやってきた。スインガと交配させるために別の場所で密猟されたメスライオンだった。その美しいメスライオンにスインガは一目ぼれするが、メスライオン――ベラニはスインガを「人間に飼い慣らされているなんて気持ち悪い」と拒絶した。連れてこられたばかりのベラニはまだ野生の魂を強く持っていたのだ。ベラニは鞭で打たれても人間の命令を拒絶し、死なない程度にしか食事を取らなかった。スインガはそんなベラニを気遣うが、その過程で自分がかつて暮らしていたサバンナのことを思いだす。スインガは無性に故郷に帰りたくなってきた。故郷に帰りたいし、ここからベラニを連れ出してあげたいと思った。かつて自然界で生きていた他の動物たちに聞いてみると、大部分が「別に今がそれなりに幸せだからそれでかまわない」という返事だったが、中にはスインガの気持ちに共感する者もいた。スインガがベラニに「帰りたいか?」と訊ねると、「故郷を人間に追われ逃亡中に群れの大部分を飢えで失い、密猟者に連れさられる際に両親や残りの仲間も撃ち殺されたから帰るところなどない」と答えた。スインガが「もしここから出られて自分の群れに加われるなら、自分と一緒に逃げてくれるか」と訊ねると、ベラニは納得し一緒に逃げてくれることになった。他の動物も誘ってみたが、ほとんど断られてしまった。生まれた時からサーカスで生きている動物たちはみんな「自然の中で生きていけるわけないし、いうことを聞いていれば死ぬまで食事も安全も保証されているここから逃げる意味はない」といった。かつて自然界で生きていた動物たちも大部分は「ここは安全だし食料もあるから」と断ったが、キリンのジラファとゾウのガジャは、出身地が一緒ということもあり、共に逃げてくれることになった。スインガには勝算があった。もうすぐ海外公演があるのだが、その中継地として故郷の国におりるのだ。自分たちは海は渡れないが大地は走れる。走り続ければいつかは帰れるのだ。そして故郷の国におり立った日、スインガたちは逃げだした。ベラニを含めみんな従順になったふりをしていたので、突然暴れてしまえば脱走するのは簡単だった。問題はここからだった。迷路のような町中を、警察の麻酔銃をかいくぐり逃げ続けた。スインガは、あえて人通りの多い大通りを走り続けた。人混みなら麻酔銃を使えないからだ。町を抜けても、逃走は楽にならなかった。視界をさえぎるもののない荒野で、一行は何度も見つかって捕獲されそうになった。一週間ほとんど何も食べずに逃げ続け、ジラファがあきらめて「もう自分はこれ以上逃げられないから自分を食って体力をつけてくれ」といいだしてもそれをしかりつけ、逃げ続けた。脱走から二週間後、あのハイエナたちに襲われつつも何とかふり切り、ついにスインガはかつて住んでいた大地にたどりついた。ジラファ、ガジャは「世話になった。ここまでくれば自力で群れを見つけられる」といった。スインガは「次に会った時は食うか食われるかの関係だから覚悟しておくように」といって二匹を見送った。スインガは歩き続けついにかつての群れを発見した。ラジャは、片目を失ったが生きていた。ベラニは群れに受け入れられた。数日後、スインガはベラニに改めて好意を伝えるが、ベラニは首を縦にはふらなかった。でもそのあとに「もしあなたが完全に野生を取りもどしたら、その時は妻になると約束する」とつけ加えてくれた。
 解説
 1989年、85分。雄大なサバンナの自然と躍動感にあふれる動物たちを描いた傑作である。当初はスタッフから「せっかくサバンナを出すのならサーカスや町中の描写ではなく、サバンナの自然のみを描いた方がいいのではないか」という指摘が多くあったが、脚本、監督のジョン・エジソンは脚本を変えず、結果それが功を奏した。ただ映像が美しいだけでなく、人間のエゴや、反面「自然界で生きるのが本当に幸せだといいきれるだろうか」という問題提起、警察やハイエナたちとの派手なチェイスシーンなど非常に多くの要素をつめこんだのが勝因だとジョンは語った。一方、一部の描写が日本の国民的漫画家戸塚勇氏の『サバンナ皇帝レオン』に酷似していると公開当初から指摘されていた。ジョンの自宅にこの漫画の英訳版があったこともあり騒動は大きくなっていったが、ジョンは否定。その後戸塚氏が「もし私の作品がデズモンド社の映画に影響を与えたのならそれは光栄なことだよ」と雑誌でコメントしたことにより事態は収束した。また戸塚氏は二年後同雑誌で「『アニマルキング』は孫と一緒にビデオで見たよ。すごく面白かった。パクっちゃおうかな(笑)」とコメントしている。1996年に続編の『アニマルキング2~王への試練~』がジョンによって製作され、一作目には及ばないもののヒットとなった。続編では、他のライオンのグループにより父ラジャを殺されたスインガが、自らグループの王となり、妻となったベラニと共に敵のグループを退けるストーリーとなっている。
(大森伸ニ郎『デズモンド映画完全攻略』より抜粋)

メアリーの旅

 流花はひたすら草原を歩き続けました。
草の高さは膝上くらいまであって、時々足を取られて転びそうになってしまいます。ところどころに背の高い木も生えていました。
(前エメラルダさんが「中心にいくほど年月が経っているから草木が成長している」っていってたっけ。もうこの高さで歩きにくいんだけど、大丈夫かな)
 太陽は今、自分の真上にあります。肌をじりじり焼かれて体力を奪われるのを感じました。でも、日陰はどこにもありません。昨日まで日よけになりそうな上着を持っていたのですが、ガボエの小屋で襲われた時になくしてしまったのです。
(今まで太陽の方へ歩いていたのに、目印がないのって不安だな。もう少ししたら、太陽が自分の後ろにくるようにすればいいんだけど)
 いえ、厳密にいうと三〇分ほど前から目印らしきものは見えているのです。赤黒いレンガの塀のようなものが、さっきから前に見えていました。でも、それはどう見ても一〇メートルに満たない幅で、高さもニメートルくらいでした。
(ひょっとしたら主人公がすごい小さいからあの広さなのかも。例えば、……そう、アリが主人公の話とか)
 主人公たちが小さければ、町が小さいのも納得できます。
(ちゃんと会話できるサイズだといいけど)
 話す相手がいないので、ずっと頭の中で独りごとをいうしかありませんでした。

太陽が自分の後ろにあるとはっきり分かるようになったころ、ようやく塀の前にたどりつきます。入口はすぐに見つかりました。
 中には大きな木造のバラックが一つだけ建っています。古びてはいるものの、ところどころ鉄板で修復されていました。
「あの、すいませーん」
 バラックの中はかなり散らかっています。テーブル、食器棚、冷蔵庫、ベッド――部屋のすみにはバスタブがおかれ、ホースが中に入っていました。ホースの先を目でたどると、外に続いています。
(取りあえず、誰か住んでるのは間違いないみたい)
 テーブルの上には調理ずみの冷凍ピザがおかれていました。すでに半円の形になっているので、食事中に急用ができて飛び出していったのかもしれません。
(もしそうだとしたら、勝手に家にあがるのはよくないかな。外で待ってた方がいいかも)
 そう思ってUターンした時、背後から声がしました。
「よう、お嬢さんだな、デズモンドワールド出身の脱走犯ってのは。まさか本当にくるとは思わなかったけどな」
 ふり向くと、そこには小さな茶色いネズミがいました。二本足で立っていて、カーキ色の迷彩服を着ています。
 このネズミは見覚えがあります。『メアリーの旅』の準主人公のタヴァスです。
「そんなびびらなくてもいいだろお嬢さん、俺は何もしないさ。連中に協力する義理なんてない。かといってお嬢さんを助ける義理もないけどな」
「じゃああの、助けてもらわなくてもいいんですけど、せめてこの先の町のこととか教えていただけませんか? 私、一人でいきますから」
「この先か、この先はつらいよ」
 タヴァスは、テーブルに飛び乗るとピザを一切れつかみ、引っぱっていきました。
「大丈夫さ、ここの人間は今タバスコを買いに町に出ている。タバスコがないことより、ピザが冷めきってしまう方がよっぽど問題なのにな、とんだ変人だよ」
 彼はピザを持ったまま部屋をどんどん歩いていきます。流花はあとを追いかけました。
「ここの人間はラジオ放送をやってるんだ。こんなボロ小屋でたった一人で電波を飛ばし続けているしょぼくれた老人だけど、話が面白くてちゃんと商売になってるらしい。ネズミたちの間でも評判だけど、俺は聞き飽きてるね。何てったって俺はここに住んでいるんだからな。お嬢さんも俺のことは知ってるだろ?」
 彼は部屋のすみにあるテーブルの方に歩いていきました。テーブルの上には四角くて黒い機械がいくつもおかれています。その金属の箱からコードのようなものが伸び、天井を突き抜けています。何が何だかさっぱり分かりませんが、収録のための機械なのでしょう。
 タヴァスはそのまま、壁に開いている小さな穴に入っていきました。
「あの、タヴァスさん?」
「そう、正解。俺はタヴァスだ。回りこめばドアがある。そこから入りな」
 いわれた通りに壁の別の面を見てみると、確かにドアがありました。
開けてみると、中は物置でした。テーブルが二つ積み重ねられて放置され、その隙間に機材がつめこまれています。
 タヴァスは機材についたスイッチを押して、マイクに向かってさけびました。
「ツボック、出番だ。手はず通りにな!」
 彼はスイッチをもう一度押しました。二段重ねになったテーブルの上の方にいるので、自然と流花を見おろす形になります。
「ようこそ、ここが俺の部屋だ。人間はこの物置にはめったに入ってこないし、入ってきてもガラクタをおいていくだけだから自由に使わせてもらってるよ。ここにお嬢さんを招いたのは、そうそう、」
 テーブルの上を歩き回りながら、タヴァスはぺらぺらしゃべります。
「さっきもいったけど、俺はお嬢さんに協力する気はないし、かといって連中に突き出すつもりもないんだ。どっちの味方についても面倒なだけで金にならないからな。で、俺の出ている映画はもちろん見たよな?」
「あ、はい、あの、見ました」
「なら話は早い。俺がここで何をして金もうけしているのは知っているだろう? ネズミの社会にも空港とか航空会社みたいなもんがあって、俺はここを空港として解放しているんだ。このほっ立て小屋の上が滑走路みたいなもんだな。ここにある機械はみんな壊れているように見えるが、ちゃんと俺が修理して、『飛行機』と連絡を取るための無線に改造させてもらった。メアリーとツボックは知ってるか?」
「はい、映画で」
「そうか、ならやっぱり話は早い。俺はこうして毎日真面目に働いているが、たまには遠いところにいる恋人――メアリーに無性に会いたくなる時もある。そういう時には、予定をすっぽかしてはるばる会いにいくのが男というものだろう?」
 同意を求めるように横目で見てきたので、流花は「そうですね」と返しました。
「そうだろう、だから俺はメアリーに会いにいくことにした、ツボックに乗ってな。今ツボックを無線で呼び出した。人が一人乗れるくらい大きな鳥だ。ツボックはこの近くに住んでいるから、もうまもなくここにつくだろう。そうしたら俺はツボックに乗って愛するメアリーに会いにいく」
「そうですか」
 タヴァスが何をいいたいのかよく分かりませんでした。タヴァスもそれが分かったようで、ため息を一つつき、もったいぶった口調で続けました。
「そしてもちろん、その時俺はメアリーと会うことしか考えていない。そうだな、もしツボックにこっそり誰かが乗りこんでいても気がつかないくらいにな」
「え、それって」
 流花は、やっと感づきました。
「私に乗るようにいってるんですか?」
「いやいやそんなこといってない、やめてくれよ、そんなこといったら俺が連中に捕まってしまう」
 タヴァスはわざとらしく両手をふって否定しました。
「ただ、メアリーがいるところまでは遠いからな。途中でツボックを着陸させて休憩させる必要もあるだろう」
「それって、『ユーリ』のところまで連れていってくれるってことですか?」
「いやいや」
 タヴァスは両手をぶんぶんふりました。
「そんなこといってないって、連中ににらまれるからやめてくれ。まあ、そうだな、もし仮にお嬢さんが、俺に気づかれないようにツボックに乗りこんだとしよう。ツボックが地上におりて休憩している間にこっそりとどこかにいってしまえば、最後まで俺は気づかない。もしそんなことがあったら、不本意ながら、結果として、俺はお嬢さんに協力してしまったことになるかもしれない」
「あ、ありがとうございます!」
「いや、だから乗るなっていってるんだって」
 天井から大きな音がして、バラックがゆれました。
 タヴァスはテーブルから飛びおり、流花の横を駆け抜けていきました。
「きたな。くれぐれもツボックに乗るんじゃないぞ。出口の引き戸のすぐ横にはしごがあってそこから屋根にあがれるけど、くれぐれもくるんじゃないぞ」
 そういい残して、タヴァスは小屋の外に出ていきました。
 続いて外に出ると、タヴァスが爪を引っかけるようにして壁をのぼっていくのが見えました。流花も、出入り口の横のはしごをのぼって追いかけます。
屋根にあがると、そこにはツボックがいました。身長は二メートル近く、翼を広げたら横幅は五メートルくらいありそうです。全身がつやのある黄色い羽でおおわれていて、光を反射して黄金色に見えます。細身で足もすらりと長くて、どちらかというと水鳥のような爪先をしていました。
 タヴァスはさっさとツボックの首の辺りによじのぼりました。流花も急いでタヴァスから少し離れたところ――腰の辺りにしがみつきます。
 まるで流花が乗ったのが合図であるかのように、タヴァスがさけびました。
「準備はいいぞ、離陸を許可する!」
 ツボックはばたばたかけだします。
「わっ」
 流花は腰にしがみつきます。
「すごいゆれるんですけど、ちょっと待っ――」
「俺はネズミだから体も軽いししがみついてられるけど、もし人間だったら大変だろうな、しっかり捕まっていないと落ちてしまうかもしれないな」
 タヴァスは独り言をいいました。
「もし乗る場合は足で腰の辺りをはさんで、両手を首にまきつけると体が安定するかもな」
 流花はタヴァスの独り言通りにしようとしましたが、次の瞬間ツボックが屋根から飛び立ったのでパニックになってしまいました。
「わわわっ! 飛んで、ちょっ、落ちる!」
「ツボック、どうやらメアリーへのプレゼントをおいてきてしまったみたいだ。緊急着陸!」
 タヴァスがポケットをあさりながらいうと、ツボックは急降下して着陸し、二〇メートルほど走ってとまりました。
「すいません――」
 流花は呼吸を整えながら、どうにか姿勢を整えます。
「すまない、別のポケットに入っていたみたいだ。改めて離陸を許可する!」
 ツボックはまた羽をひるがえし、重そうな足音を立てて走ります。
 上から押さえつけられるような強い圧力を感じたかと思うと、みるみるうちに地面が遠ざかっていきました。後ろを見ると、『アニマルキング』の大木が遠くにかすんでいました。
(スインガさんたち、大丈夫かな)
 流花は今さらながら、たくさんの人をまきこみ、また、同時に多くの人に助けられていることを実感しました。
(ここまで本当にいろんな人を危険にさらしてきたし、ここまできたら絶対に捕まるわけにはいかない)
「ツボック、あまり急がなくてもいいぞ、途中で休憩してもいいかもな。中間地点は『ユーリ』の町だけど、建物がひしめいている上に人も多いから着陸が難しいだろう。だから『ユーリ』の町の外でおりて、休むことにしよう」
 タヴァスはまた独り言をいいました。


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