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【小説】デズモンドランドの秘密⑥

※前回はこちら。

黒い塔のカナリア

「一つ、気がついたことがあるんですけど――」
「何だ?」
「今まではそんなに草が生えてなかったのに、いつの間にか一面に草が生いしげってますね」
「今は大陸の中心に向かって歩いている。つまり、より古い作品の舞台へと向かっているわけだ。当然草は時間が立つほど伸びるしたくさん生える。草が増えて背が高くなってきているってことは、目的地へと一歩一歩近づいているってわけだ」
 エメラルダに背中をたたかれました
「だからそんなのろのろ歩くんじゃないよ」
「そういわれても――」
 すでに空は夕焼けがかった紫っぽい色になっていました。朝から今まで、流花は一度も休んでいませんでした。というより、足をとめるとエメラルダに引っぱられてしまって、座ることもできませんでした。
「ちょっと――休ませてください……」
「ここまで休憩なしできたのに何いってるんだ、いくべきところにいくまで休ませないぞ」
「いくべきところ……?」
「下ばかり向いてるからだ、前を向け、よく目をこらしてみろ」
 流花は顔をあげて、遠くに目をこらします。
 夕闇にまぎれて分かりにくいものの、地平線の向こうに建物の群れのようなものが見えました。
「やった――、あそこまでいけば休めるんですね?」
「本当はここで泊まらずに、もう一つ向こうの町までいくつもりだった。あんたがちんたらしているから遅くなったんだよ」
 口調に嫌味はありませんでしたが、その言葉は流花の胸に突き刺さりました。
「ごめんなさい……」
「謝るだけなら山賊でもできる。行動で示せ」
 エメラルダは冷たくいい放ち、さらにペースをあげました。

 町に近づきその全貌が見えてくるにつれ、その町が何の作品のものなのか、流花にも分かってきました。町を囲むように一〇メートル以上はありそうな塀が造られ、その向こう側から黒い塔が一本突き出ていました。
「これ、『黒い塔のカナリア』の舞台ですよね」
「そうだ」
 エメラルダはうなずいて立ちどまりました。
 塀には真っ黒な門がついていていましたが、固く閉ざされていました。門には小さな扉があって、出入りできるようになっていました。
「よかった、ここから入っていいんですよね?」
「すぐもどるから、あんたは門の前で待ってろ」
「え、何で――」
 エメラルダはさっさと一人で町に入っていってしまいました。
(何で私だけここでおいてかれるんだろう、本当にもどってきてくれるのかな。ひょっとして見捨てられたのかもしれない。あれだけ足手まといになっていたんだから仕方ないけど、こんなところでおいてかれたらどうしようもなくなっちゃう。……そういえば前、「おいていくなら町でおいていく」っていってたっけ)
 流花の中で、よくない想像がどんどんふくらんでいきました。
 門のすぐ横にしゃがみこみ、背中を塀に預けます。
 空がだいぶ暗くなってきました。流花のいる辺りは、塀より高い建物の明かりでかろうじて目が効きます。でも、今まで歩いてきた草原はまったく見えなくなってしまいました。
「そんなところで頭抱えてしゃがんでるんじゃないよ」
 顔をあげると、そこにはたたんだ布を抱えたエメラルダが立っていました。なぜか茶色いフードを羽織っています。
 いつもつらくあたってくるエメラルダですが、今ではたった一人の味方です。自然と口元がゆるんだのが、自分でも分かりました。
「にやにやしてるんじゃないよ気持ち悪い。さっさとこれを着ろ」
 茶色い布のようなものを投げつけられます。広げてみると、麻でできたフードでした。
「一応あたいたちは追われてる身だから、その町になじめて、かつ顔や服装を隠せるような服を着ておいた方がいいと思って買ってきたんだ。こういう大きな町だと、すでに情報が回ってる可能性もあるからな。あたいがここに泊まりたくないっていったのは、そういうわけだ」

 町は、漫画に出てくる昔の中国そのままの光景でした。
 道路は石畳で、道の両側には赤い壁の建物が並んでいました。建物と建物の間には縄がはられ、赤提灯がぶらさがってまたたいています。ずっと向こうには、さっき見た塔や巨大な赤い壁の城が浮かびあがっていました。やじろべえみたいなかごで堆肥を運んでいる人や、道端に壺やら何やらを並べて売っている露天商もいて、にぎやかな雰囲気です。
「あの城に『黒い塔のカナリア』のシンさんとイーリンさんが住んでいるんですよね?」
 流花は、映画の内容を思いだしながら質問しました。
「そうだ、だが今回はあそこには寄らない、シン王子たちも連中との折り合いはあまりよくないが、あたいらの味方をしてくれるとは限らないし、見つかったら逃げられるような相手じゃない。裏道に入ろう」
 エメラルダは、流花の手を引くと建物と建物の間の隙間に引っぱっていきました。
 一歩裏に入った路地は真っ暗で、紙や野菜やよく分からないものがつぶれて地面に散乱していました。食べ物の腐ったような臭いがかすかにただよいますが、耐えられないほどではありませんでした。
「どこを目指しているんですか?」
「安い宿がないかと思ってな」
「でも――」
 流花は、こんな裏路地から入れる宿に泊まるのは嫌でした。ぜいたくをいっているわけではありませんが、怖いのです。
「でもじゃない。ミニマムにうるさくいわれたし、危険な目には合わせないからだまってついてきな」
 エメラルダがぴしゃりといった時でした。
「わっ、何!」
 突然何者かに足をつかまれました。
 下を向くと、ボロを着たやせぎすの老人が流花の足にすがりついています。
「お嬢ちゃん方、このみじめな老いぼれ目にお慈悲を――」
 どうやら物乞いのようです。
「ここは設定上、物乞いをしなくても食っていける程度には豊かな町のはずだろう。たかりなんかしていないで働け」
 エメラルダは、物乞いの手を蹴りました。
「そんなこといわないでくださいよ、食べ物くらいは持っているでしょ?」
 物乞いが今度はエメラルダにくっつきました。彼女はかまわず引きずりながら歩いていきます。
「ここはだめだ、もっと城に近いところの裏通りにしよう」
 大通りに出ても、物乞いはエメラルダの足にくっついてきました。
「何か食べ物持ってないんですか? ほんの一かけらでいいですから」
 物乞いはよろよろと立ちあがって、エメラルダのフードを引っぱりながらついてきます。
「しつこいんだよ、失せろよあんたは」
 エメラルダがふり払った時、手がフードにあたって落ちて顔があらわになりました。
「おお、お嬢さん思った以上に美人さんじゃあないですか。というわけで何かめぐんでくれませんか」
「ほめて何か出るとでも思ってるのか」
 エメラルダは物乞いを突き飛ばしました。物乞いは尻もちをついて転んだかと思うと、またひっついてきます。
「ああもうしつこい――おい流花! 棒か何か持ってこい! 引っぱたいてやる!」
「え、暴力とかそういうのはあんまり」
「じゃああんたこの役目交代するか?」
 その言葉で、物乞いの視線が流花へと移りました。
「それは――」
「だろ! 元山賊をなめるなよ、これ以上まとわりつくんならぼこぼこにしてやる!」
 エメラルダが両手で物乞いの肩をつかみ、引きはがそうとしたその時でした。
 辺りがしんと静まり返りました。
 見ると、通行人がみんな道のはしによけてひざまずいています。
 流花は、こういう時どうすればいいか知っていました。さっさと道のすみによけて膝をつき、顔を伏せます。
(周りと同じことをすれば、目立たないし目をつけられない)
 元いじめられっ子だった流花が、いじめられないために身につけた知恵です。
 流花は顔を石畳の地面に向けながら、聞き耳を立てます。どうやら、まだ小競り合いが続いているようです。
「あの、エメラルダさん――」
 顔を下に向けたまま小声で呼びかけますが、聞こえていないようでした。
 右側から、馬のひづめの音と車輪のような音が聞こえてきます。
 流花はぴんときました。
(偉い人がくるから、みんなこうやってひざまずいてるんだ。エメラルダさんは大丈夫なのかな)
 ひづめと車輪の音が近づいてきました。そして、すぐ近くで音がやみます。
(ああ、やっぱり面倒なことに――)
 そっと顔をあげて、上目づかいで様子をうかがいます。
 赤い小屋みたいな馬車がすぐ目の前にとまっています。馬車には、赤毛の馬と黒毛の馬がつながれていました。
 馬車の側面が開いて、誰かがおりてきます。
 流花は反射的に目を伏せました。
「おやおや、やっぱりエメラルダじゃないか。困るね、うちの民に暴力ふるってくれちゃ」
「お言葉ですが、この物乞いがしつこくつきまとってきたんです。あたいをつかんで放してくれないんです」
 エメラルダが丁寧に弁解する声が聞こえてきます。
(この声は確か、シンさん? いや、シン王子っていった方がいいのかな)
「それは分かってるよ、ちゃんと塔から見てたからね。イーリンと楽しく夕食してたのに、殺伐としたものを見せないでほしいね。あ、よかったら一緒に夕食でもどう? 君なら歓迎するよ」
「せっかくですが、お断りします。急いでいるので」
「そう、残念だな。あと、君、君だよ――」
 下を向いている流花の視界のすみに、黒い靴が入ってきました。
「エメラルダと一緒に行動してたね、無関係とはいわせないよ、顔をあげてごらん」
 流花はゆっくり、目を伏せながら顔をあげました。
 黄色い菊を散らした緑地の袴が見えた――と思ったら、フードを取られてあごを持ちあげられました。
 そこにいたのは、優しく垂れた切れ長の目と、高くて形のいい鼻をした青年でした。少し長めの黒髪がやわらかく夜風にゆれ、白い肌を際立たせています。
「やっぱりね、塔の上から見た通りの美人さんだ。いや、近くで見た方がもっとかわいらしく見えるね」
 シンは目を細めてやわらかくほほ笑みました。
 自分の顔がかーっと熱くなって、全身から汗がぶわっと出てくるのを感じます。
「塔のてっぺんで夕食を食べてたところなんだけど、よかったら私と一緒にどうかな?」
「あの、えと、わわわわわ……」
 一体どういう状況なのかは分かりませんが、断るべきだとは理解していました。エメラルダに助けを求めようとしましたが、目を話すことができません。
「せっかくですが、お食事はまたの機会ということで」
 突然、目の前が真っ暗になりました。エメラルダが後ろから流花の目をおおってくれたようです。そのまま立たせられます。
「どこにいく気かな?」
「大した用事ではないです。それでは失礼します」
 エメラルダに右手をつかまれて、そのまま引っぱられました。
「いつまでも逃げ続けられるとは思えないけどね、脱走犯さん」
 シンが小声でつぶやきました。
エメラルダが足をとめて、シンの方をふり返ります。シンがどんな顔をしているのかは、エメラルダの背中に隠れてしまって見えませんでした(あの時エメラルダは自分を守ろうとしてくれていたのだと、流花はずっとあとになって気づきました)。
「知っているんですか?」
「もちろん。でも、私は君たちを捕まえたりするつもりはない。むしろ協力してあげたいと思う。もう一度訊こうかな、一緒に夕食でもどう?」
 
 結局二人はついていくことにしました。馬車に乗って、黒い塔を目指します。
「光栄に思うんだね、王子であるこの私と同じ馬車に乗れる機会なんてそうそうないよ」
 シンは頭の後ろで手を組んで、楽しそうに笑います。
「あたいたちを一緒の馬車に乗せたのは、他人に聞かれたくないことをこの馬車の中で話すためですか?」
 エメラルダが、ぶすっとした顔で訊ねました。
「そうだね」
 シンが真顔になります。
「正直私も、君たちが何をやらかしたかまだよく分かってないんだ。ただ、エメラルダの拘束には少し陰謀のようなものを感じている。調べれば調べるほど、その疑念は私の中で強くなっていった。だから、場合によっては助けてあげようかなって思って、夕食に誘ったんだ。困っている女の子が目の前にいて助けない男なんて男じゃないと思うんだよ、私は」
 エメラルダが何の反応も示さないので、シンは一人で話し続けます。
「整理しよう。エメラルダはこの世界の秩序を乱した罪で『ブルーヒーロー』の収容所に送られた。で、君はデズモンドワールドから連れ去られたんだよね? 名前教えてくれるかな?」
「藤山流花――流花です」
「なるほど、流花か。名前までかわいいんだね。しかし残念だ、もし君がこの世界の子だったら、召使いにして私の身の回りの世話をさせてあげてもよかったんだけど」
「脱線してないで、大切なことだけおっしゃってくれると助かるのですが」
 エメラルダがぴりぴりした口調でいいました。
「失礼――いいかい、君たちの話は連中から聞いている。『秩序を乱した罪で捕えたエメラルダが逃走した。知ってはいけないことを知ったので拉致していたデズモンドワールドの住人と一緒だ』ってね。このことを知っているのはまだ私みたいな、それぞれの世界のリーダー格だけだ。民は何も知らないし、まだ知る必要もない。でもね、私はこの話に疑問を持ってるんだよ。前々から連中のことは信用してなかったし、何より、君――エメラルダがそんな悪いことをする子じゃないって信じてたからね。君が逃走していると聞いた時、間違いなく君が『ユーリ』の世界を目指すだろうと私は考えた。そしてその場合、間違いなくこの辺りを通る。ひょっとしたら町に入らず外を素通りされてしまうかもしれないとも思ったけど、念のため、昨日から町をくまなくながめていた。そしたら、女神のようにかわいらしい二人組の少女を見つけたってわけさ」
 「女神」のところで、シンは両手でエメラルダと流花を指差し、ウインクしました。
「あの、シン――王子?」
 流花は緊張しながら手をあげました。
「何だい?」
「町をながめてって、あの黒い塔からですか?」
「そうだよ」
 シンは平然と答えます。エメラルダが耳打ちしてきました。
「この王子様は異常に目がいいんだ。いつも城の屋上から女を品定めして、これはと思う女性がいたら町へくり出してくどいてばかりいる。最初にあんたを町に入れなかった理由も、フードを被って移動してきた理由も、これで分かっただろう」
 流花はうなずきました。
(私をおいていったのは、もたついてシン王子に見つかるのが怖かったからだったんだ)
「フードをかぶっててもむだだよ。女の子のかわいさはね、布切れじゃ隠せない」
 しっかりと聞いていたシンがウインクしてきました。

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