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【小説】デズモンドランドの秘密㊱(終)

※前回はこちら。

 二人はデズモンドランドに足を踏み入れました。
 入ったところは案内所や売店の立ち並んでいる大通りになっていて、「ゲートエリア」と呼ばれます。終戦直後のアメリカの町中がモチーフになっているそうです。
「取りあえずみんなを探そう。仕事中だから話はできないだろうけど」
「できればあれからどうなっているか把握できればいいな」
 二人はカートゥンシティに移動しました。
 等身大もある着ぐるみのデニスとクリスに子どもたちが群がっていましたが、あれは着ぐるみなのでスルーして進んでいきます。
「ソフトクリームでも食べるか?」
 修治が、看板男の本の装丁屋の前に建てられている屋台を指差していいました。
 流花はうなずいて、近くのベンチに腰かけます。
 修治は屋台の方へかけていって、すぐにソフトクリームを二つ持ってもどってきました。
「ほら」
「ありがとう」
 二人で並んで、もくもくとソフトクリームを食べます。
(デズモンドランドに男の子と一緒にいって、ソフトクリームをおごってもらうなんて)
 遊びにきたつもりではなかったのですが、流花は不意にやってきた青春に胸をおどらせていました。
「誘ってくれてありがとな」
 偽者のデニスとクリスをながめながら、唐突に修治はいいました。
「前にもいったけどさ、俺、『これをやったら人がこう思うだろう』っていうのがよく分からないんだよ、不器用なんだと思う。だからお前の方から『いこう』っていってくれて助かった。藤山が誘うってことは、藤山はそうしたいってことだから」
「もっと気軽に考えてもいいと思うよ」
 流花は気遣うようにいいました。
「暑い中を長々と歩いたところでソフトクリームを買ったら喜んでくれるだろうくらいは分かるんだけどな」
 ソフトクリームを持っていない方の手で頭の後ろをかきました。
「こんなこと頼むのも情けないけど、これからもいろいろ誘ってくれよ。そうすればどうやったら藤山を喜ばせられるのか分かるし、もっと、器用に人と接することができる気がするから」
「分かった」
 流花はうなずいたあと、
「ノートはまだつけてるの?」
 と訊ねました。
「……まあ」
 修治は決まり悪そうに目線をそらします。
「私は佐伯君が不器用だけど優しい人だって知ってるから、ノートのことは、ただ情報を記録して整理するだけのメモだとしか思ってないよ。むしろ、ここまで――あの、労力を割いて、真剣に考えてくれてるんだなって思った。でも、他の人はそう思わないこともあるから、見つからないようにした方がいいかもしれない」
「それくらい分かってるさ。まさか自宅にあがりこまれるとは思わなかったんだ」
 修治がそういった時です。
「ちょっと失礼、お取りこみ中かな?」
 二人の前に、一人の少年が立っていました。浅黒くて、幼さの残った顔をしています。
「え、もしかして」
 流花はソフトクリームのバランスを崩しそうになって、あわてて口で押さえました。
「……メタコメット?」
「分かってくれてほっとしてるよ」
 白いシャツに色あせたジーパンという定番中の定番スタイルでしたが、そこにいるのは確かにメタコメットでした。
「何やってるの、こんなところで?」
 なぜか少し後ろめたさを感じながら訊ねました。
「トミー・パピーに伝言を頼まれたんだ。修治もあれ以来だね、久しぶり」
「あの時はどうも」
 修治はぶっきらぼうに答えました(流花はこの時、修治にも後ろめたさを感じました)。
 メタコメットは口元のインカムを手で押さえながら誰かとしゃべりだします。
「見つかったよ――うん、看板男さんの店のベンチのとこ――それじゃ」
「インカムなんか使えるのか」
 修治の声に、メタコメットはふふんと鼻を鳴らしました。
「見た目で判断されちゃ困るよ。それと流花、君の知り合いがもう一人くるよ。伝言を伝えるだけだからそう時間は取らない――おーい、こっちだよ!」
 メタコメットが手をふっている方から、メタコメットと同じくらい浅黒く、流花よりやや年上の女性が走ってきました。メタコメットと同じ、白いシャツに色あせたジーパンという服装です。
「エメラルダさん?」
 流花はベンチから立ちあがりました。このままだと落としそうだと思ったのでしょう、修治にソフトクリームを取りあげられます。
「久々だな」
「やっぱり無事だったんですね、みんなの世界はどうなったんですか?」
「心配してるならもう少し早くこいよあんたは。まったくいい気なもんだよな、自分が帰れたらそれきりとかさ」
 とげのあるその物言いは、どう聞いてもエメラルダでした。
「今『元連中』は、デノセッドが消えてからはだいぶ丸くなって、もくもくと世界の管理――ザックがやってたのと同じ仕事をしてる。やっぱり魔法かなんか知らないが、デノセッドにどうにかされてたのかもな。代わりにザックたちは世界を管理する仕事をおりて、デズモンドランドに露出を増やすようになったんだ」
「ぼくたちが流花と修治に会いにきたのは、トミー・パピーに『女王様たちに現状を報告しておいて』っていわれたからなんだ。本来そういう仕事はデニスとクリスがやるんだけど、あれ以来トミー・パピーは慎重になってね、デニスとクリスには緊急の用事を頼まなくなったみたいなんだ」
「何か訊きたいことはあるか、あたいらの世界について」
「なければ帰るよ、邪魔したくないし」
 メタコメットは少し意地悪い口調でいいましたが、視線の方向から察するに、その意地悪さは流花ではなく修治に向いているようでした。
「お前はまだ家出してるのか?」
 修治も意地の悪い口調で質問しました。この二人の間に流れる火花の原因は自分だということは分かっていましたが、流花はうつむいてだまっていました。ここで間に入ると、「私のために争わないで!」といううぬぼれた痛々しい女になってしまうからです。
「まあね、まだあっちこっちほっつき歩いてるよ。父上やトミー・パピーが困ってるのも知ってる。でもいいじゃない、ぼくはぼくの住んでいる世界が好きだ。でも、ぼくの世界の時間が永遠にとまってるのはあまり好きじゃない。だから、ぼくは同じ場所で同じ生活をくり返すより、あっちこっちでいろんな生活をしたいんだ」
「困ったちゃんだな」
 修治は鼻で笑いました。
「しかも時間がとまっているから永遠の反抗期だ」
 エメラルダもうなずきました。
「エメラルダはどっちの味方なのさ!」
 メタコメットはほおをふくらませます。
「お父さんを心配させたらだめだよ」
「流花までぼくを子どもあつかいするんだね」
 メタコメットは少し傷ついた様子でいいました。
「そうじゃなくて、あなたを心配してるんだよ」
 メタコメットは顔をぱっと赤らめ、そっぽを向きます。
「そんなの、トミー・パピーが定期的にぼくの位置情報を父上に報告してるらしいから問題ないよ! 他には、他にはないの?」
 メタコメットは無理やり話を進めました。
「これからあなたたちの世界はどうなるの?」
 メタコメットに気を使って質問をしてあげました。
「誰も分からないさ、そんなの。ただ、ぼくたちの世界はまだまだ課題もあるし、変わらなくちゃいけないこともある。元連中は今は真面目に働いているけど、だからといってすべての人がすぐに元連中を受け入れるわけじゃないだろうね、例えデノセッドがいなかったとしても、また同じようなことが起こらないとは限らないでしょ? 元連中にとってはこれからが大変だろうね、長い時間をかけて信頼を取りもどさなくちゃいけないんだから」
「ガボエさんとか、看板男さんとかはどうなの、ちゃんと許してもらえてる?」
「看板男たちは初めから非難なんかされてないさ」
 エメラルダが答えました。
「あいつはおどされてただけだしな。ガボエも同じ、おどされてただけだ。あたい個人はむかついてるけどな。ガボエがあたいに許してもらうには、それこそ、これから真面目にするしかないんじゃないのか」
「藤山は女王だけど、今後何かしなくてはいけないことはあるんですか?」
 これは修治の質問です。
「特にないから安心しろ。前にトミー・パピーから説明を受けたかもしれないが、女王なんて名誉職だ。流花だってあたいらの面倒なんで見てられないだろ? あたいらだって、あんたみたいな小娘に世界なんかたくせないしな」
「いや、でもみんな流花に感謝してるよ」
 メタコメットが口をはさみました。
「何てったってデノセッドを倒したのは流花だからね。平和の象徴みたいなあつかいになってる」
「何だかそれ、恥ずかしいな」
 自分がそんなあつかいをされているなんて、デズモンドのキャラクターにいわれても信じられませでした。
「結局、あたいらを評価するのはあんたたちデズモンドワールドの住人だ。あんたたちに好かれれば続編が作られるし、デズモンドランドに自分をモチーフにしたアトラクションや商品をおいてもらえる。でも人気がなければこの世界での露出がなくなっていて、最後はデズモンドの歴史が書かれた本にしか残らなくなる。ああいう本に残るっていうのは、救済処置みたいなもんだ。この世界で完全に忘れ去られたら、あたいらも消えてしまうからな。当然、露出がなくなったキャラクターたちは大抵復活を望んでいる――ジョンとエリスみたいに『毎日が楽しければそれでいい、もしデズモンドワールドの住人が再評価してくれたらその時仕事すればいいや』って考えの奴もいるけどな。忘れられたやつらがぐれてかつての『連中』みたいにならずに、前向きに復活をねらえるようにしていきたいって、トミー・パピーはいっていた」
 エメラルダは腕時計(これもトミー・パピーからの借り物でしょう)をちらりと見ました。口調がじょじょにまとめに入るような形に変わっていきます。
「その手始めとして、デズモンド社は先週ハッピーラビットの権利を買いもどした。ハッピーラビットの権利はいくつかの会社を経て、今はデズモンド社が3D映画の制作を発注する会社が持っていたんだ。あたいはこっちの世界のことはよく分からないが、元からつき合いがあったから無事に権利を買いもどせたらしい。来年にはトミー・パピーとペアを組んでパレードをして、そこからデズモンド作品のキャラクターとして復帰を目指すそうだ。ハッピーラビットがこの世界で受け入れられるかどうかは、本人の努力次第だな」
「エメラルダ、そろそろパレードのために移動する時間だよ」
 メタコメットが、自分の腕時計を見ながらエメラルダのそでを引っぱります。
「分かってるようるさいな、だからまとめてるんじゃないか」
 エメラルダはそでをふり払いました。
「あんたたちさ、こんなとこでいちゃついてないで、他のやつらにも顔見せてきなよ。あたいはそんなでもないけど、あんたらの顔みたいってやつらも意外といるんだよ」
 エメラルダはそれだけいうと、あいさつもせずに人混みの中に消えていきました。
「じゃあ、ぼくもいくよ。なるべく多くの人に顔見せてきてよ、仕事中だからしゃべれないけど、みんな君の顔は覚えてるから」
「そうする、今日もそのつもりできたからね」
 流花はうなずきます。
「修治、帰りは遅くなると思うけど、きちんと家まで送ってあげるんだよ。日本は治安がいいって聞くけど、夜はどの国だって物騒だからね」
「家出少年にそんなことさとされたくないな」
 修治は小馬鹿にした口調でいいました。
「前にもいったけど、ぼく、君が嫌いだ」
 メタコメットが修治をにらみつけます。
「ぼくはもういくからね!」
「帰れ帰れ」
 修治は子どものようにはやし立てます。
「二人とももうちょっと仲よくしてよ」
 流花は「私のために争わないで!」という口調にならないように気をつけながら二人をなだめました。
「また今度ゆっくり話そうよ」
 流花は笑顔で手をふってあげます。
「そうだね、じゃあ、またいつかきてよ」
 メタコメットは修治をにらむのをやめて、あどけない笑顔を流花に向け、エメラルダが消えた方向に去っていきました。
「これだから男の子って」
「女の子は自分が原因のくせに、こういう時男を責めるんだ」
 修治は彼らしくない台詞をいって、ソフトクリームを返してきました。
「でも、みんなが無事でよかったな。あっちの世界も順調みたいだし」
「これからが大変だって、エメラルダはいってたけどね」
 とけかかったソフトクリームが手にかかりそうになったので急いでたいららげます。
「佐伯君、パレードの席取りしにいこうよ。パレードならみんなに会えるし、前にいた方がみんな気づいてくれるよ」
「そうだな」
 修治もソフトクリームのコーンを口に押しこんで手を払うと、流花の手を引いて立ちあがりました。
「あっ――」
「どうした?」
 修治は何でもないような顔をしていますが、流花には分かりました。
(メタコメットがきて少し危機感を感じてるんだろうな)
「ノートにメモを書きためて、どうしたら私が喜ぶのかって考えてくれるのも悪くないけど、そうやってもっとその場その場で考えて行動してる佐伯君の方が格好いいよ」
「何いってるんだ」
 修治は少しあせった顔をして、顔をそむけました。
「さあ、いこう!」
 流花はにぎられた手を引っぱって、パレードの特等席を探しに歩きだしました。


※終わり

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