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【小説】デズモンドランドの秘密㉚

※前回はこちら。


「トミー・パピーが一人でねえ」
 修治が送受信機で話しきれなかった事情を説明すると、メアリーはぽつりといいました。
 今、修治はツボックにまたがってデズモンドの玉座に向かって飛んでいます。空も眼下も真っ暗です。はるか背後に、かすかに町の明かりが見えます。あれは何の世界でしょうか。
「トミー・パピーのすることに間違いがあったことはないわ。ただ、彼の行動がまったく読めないのも事実ね。玉座が見つかったってことは、連中にしてみればこの世界を意のままにできるまであと一歩ってところよね? そんな連中相手にたった一人でいどんで、話し合いなんてできるかしら。実際に、連中は力づくでトミー・パピーを捕まえようとしたんでしょう?」
「トミー・パピーは、連中と話し合ってすべての人が幸せになるように解決するつもりなんですよね。今までできなかったことを、何で今さらしようと思っているんですか? 俺に『玉座の世界に隠れておけ』っていったけど、俺が餓死する前に解決するとは思えないんですけど」
 分かるわけがないと思いながらも、修治は訊ねます。
「いろいろと不思議なところは多いけど、俺たちはトミー・パピーなら何とかしてくれると信じてるよ」
 タヴァスの言葉に、メアリーはうなずきました。
「だからお坊ちゃんは玉座の世界に隠れてな。あまりに事態が進展しないようだったら、連中の目をかいくぐって食べ物を差し入れにいってやるから心配するな。……それよりも」
 ツボックの鋭い目が、ぎろりと後ろに向きました。
 メアリーは背伸びして後ろをながめます。
「最悪」
 メアリーが舌打ちします。
「またハッピーラビットに見つかったわよ」
 修治は体を後ろにねじり、ハッピーラビットとやらを探します。
「真っ暗で分からないんですけど――」
「この暗さじゃ人間には見えないだろう。ツボック、ちょっと高度をあげてくれ。あいつは空を飛べないが、何するか分からないからな」
 ツボックは何も答えずに、くちばしの先を空に向けました。一気に上昇したせいで、体が押さえつけられるような強い重力を感じます。
突然目の前が真っ白になりました。雲の中に突っこんだからです。顔や手に細かい霧のような水分がくっついてしめっていきます。
 また突然視界が開けました。眼下に雲海が見えます。月のおかげで、さっきよりは周りが見えるようになりました。
「さすがにここまでくれば大丈夫よね?」
「高さは充分だが、逃げきったってわけじゃないからな。ハッピーラビットはものすごく足が速いからな」
 ツボックが鋭く一声鳴きました。
「タヴァス、ついてきてるわよ」
「やっぱな」
 今度はタヴァスが舌打ちしました。
 修治はもう一度後ろをふり返ります。
 真っ黒なうさぎが、ピンク色の風船に乗って近づいてくるのが見えました。風船に空気をつめこんで、しぼむ勢いで飛んでいるようです。うさぎは顔いっぱいに笑みを浮かべ、「あはははは」と大きな声で笑っていました。
「あんな風船で飛ぶなんて、まるで漫画かアニメみたいだ」
 タヴァスが自分をたなにあげていいました。
「信じられない、風船なのにあっちの方が速いわよ。ふり切りなさいよ!」
 メアリーがタヴァスをたたいていいました。
「あわてなさんなって、もう玉座はすぐそこだからな。ツボック、もっと急ぐんだ!」
 ツボックは低く鳴いて答えました。「結局がんばるのは自分かよ」といっているのが修治でも分かりました。
「急げ急げ、このままじゃ追いつかれるぞ」
 タヴァスがそういった時、ハッピーラビットが速度を落とし、急下降を始めました。そのまま雲の下に消えていきます。
「空気が切れたみたいだな」
「でもまたくるわよ。ほら――」
 ハッピーラビットがまた雲の海から飛び出してきました。風船には空気がぱんぱんにつまっています。
「落っこちながら空気を補充したみたいだな。本当に漫画みたいな奴だ――でも俺たちの勝ちだ。ツボック、急降下!」
 ツボックがくちばしを下に向けたかと思うと、下に向かって体を真っ直ぐに伸ばし、一気に下降を始めました。
 体がツボックから離れていきそうになったのであわててしがみつきます。
 空気の力で飛んでいるハッピーラビットはとまることができません。あっという間に修治たちの上を通過し、はるか彼方に飛んでいってしまいました。
「乗せてるのがお嬢ちゃんだったらこんな無茶しないんだけどな、つかまってな!」
 一瞬で雲を突き抜け、辺りは再び真っ暗な闇におおわれます。
「よし、あそこだ」
 修治にはさっぱり分かりませんが、タヴァスには見えているようです。
「タヴァス、デズモンドの像の前に誰かいるわよ」
「これはまずったかもな」
 相変わらず真っ暗でまったく分かりませんが、誰かに待ち伏せされてるようです。
「ヤマとヘイハチだ。デズモンドランドのレストランにいたんじゃなかったのか?」
「感づかれてたのかしら。デズモンドランドの隠しレストランの扉を使って移動されたら、さすがにあいつらの方が早いわね」
「何か銃みたいの持ってるな。よく分からないが、あんなのあたるもんか。ツボック、二人を突き飛ばして銅像の前にとまれ! お坊ちゃんがおりたらさっさと急上昇してずらかるんだ!」
「タヴァスさん、それただの銃じゃ――」
 修治が全部いい終わる前に、下の方から破裂音がしました。
「へっ、俺のスピードにかなうわけ――のわっ!」
 タヴァスのさけぶ声と同時に、ツボックがバランスを崩してきりもみ回転を始めました。左側のつばさに網のようなものがかかっています。
「これ銃じゃないぞ! 急に広がって網になりやがった!」
 また目の前に網がせまってきました。思わず顔をかばいます。
 恐る恐る目を開けると、ツボックの頭に網がかかっていました。
「ツボック、ふりほどけ!」
 タヴァスはどこからか縄と小さなナイフを出します。タヴァスが縄をこっちに投げてきました。
「びびってる場合じゃないぞお坊ちゃん、この縄しっかりにぎっておいてくれ! 絶対離すなよ、離したら俺がやばいから!」
 修治はうなずいて、タコ糸ほどの太さの縄をしっかりとにぎります。
 タヴァスは縄で自分の体をしばります。
「そらっ!」
 タヴァスはつばさに飛び移ると、網を切りにかかります。
「だめだ、かたすぎる」
 そういった時、また網が飛んできました。今度は足に引っかかったようです。
「おいこら、こっちにはデズモンドワールドの住人がいるんだぞ!」
 タヴァスがいらついた声で怒鳴ります。
「もう落ちるわよ!」
 メアリーが悲鳴に近い声でいいました。
「おい、お前さん国際救援組織のルーキーだろ、何かないのか!」
「空の世界は専門外よ!」
「けんかしてる場合じゃないです」
 修治はそういった時、ツボックがつばさを激しくばたつかせました。
 上から押さえつけられるような圧力を感じたかと思うと、衝撃と振動を感じます。
 ツボックが動かない体で必死に羽ばたいて、地面にたたきつけられるのを防いでくれたようです。
 闇の中から網が続けざまに二発飛んできました。
 一発は修治にまともにあたります。
 あまり痛くはありませんが、網の重量でツボックごと押しつぶされそうになります。
「ぎゃーははは! お前らがここにくることなんて分かってたんだよばーかばーか!」
「静かにしろ、ヤマ」
 つぶされたままむりやり顔をあげると、二人の黒い軍靴が見えました。
「ハッピーラビットから、貴様らがここへ向かっていることは聞いていた。この不毛の土地で貴様らがいきそうなのはここしかないからな。なぜ貴様らはここにきた?」
「おいメアリー、お得意の地上だぞ。何かいい案出せよ」
「捕まってからどうこうできるものじゃないわ、専門外よ」
 修治の耳に、二匹が小声で口論するのが聞こえてきました。

 ジョンとエリス 解説
 一九四六年。二五分。初めは他の長編映画の前座として作られたが、完成直前に、他の短編映画と一緒にオムニバス形式で上映することになった。同時に上映されたのは『渓谷の争い』『白いさざなみ』『あの人はジャズが好き』『名投手ティモン』『ピーターとねこ』『君がくる前』『イルカのウィル』。すべてミュージカル風である。『ジョンとエリス』は、同じ店に入荷された帽子のジョンとエリスが一目ぼれし恋に落ちるが、エリスが客に買われていってしまうというストーリー。帽子が主人公ではあるが内容自体は王道的なデズモンド映画であり、紆余曲折の果てに結ばれる。一九九〇年には全世界でビデオに収録され発売されたが、それ以降日の目は見ていない。戦前のデズモンド映画の中には誰でも知っている作品が数多くある。そう考えると、戦後に作られたこのオムニバス映画の知名度の低さは不遇という他ない。戦後のデズモンドの短編映画第一号であるし、個人的に好きな短編集なので、いつかすべての短編を収録したDVDが発売してほしいと常々願っている。
(大森伸ニ郎『デズモンド映画完全攻略』より抜粋)

 デズモンドを継ぐものは

「どうしよう」
 玉座から修治の様子を見ていた流花は、ファットチキンたちに訊ねました。
「みんなどうなるの、どうすればいいの?」
「おいらに聞くなよ。全部分かってんだろ。どうなると思う?」
 ファットチキンは羽をすくめました。
「私だけじゃなくて佐伯君も人質にされると思う」
「おう、そうだ」
 ファットチキンはあごの赤いびらびらをふるわせてうなずきました。
「タヴァスさんたちは、ひょっとしたら消されちゃうかもしれない」
「消されちゃうじゃない、あんたが消すんだよ。連中に命令されてな。タヴァスたちは連中にとって邪魔者だ。タヴァスたちを消さないとあんたは連中から食べ物をもらえない――おっと、そんな顔すんなよ。何とかするのはあんただ。おいらたちじゃない」
 流花はあわてて服の袖で目の周りをふきました。
「そうだ、私は連中に捕まってない。私が、連中のいうことを聞かなければいいんだ」
「おう、そうだ。ところであんたはさっきから少年ばっか見てるな。心配なのは分かるが、ちょっと見る場所を変えてくれ。トミー・パピーはどうしてる?」
「そ、そうですね」
 無理やり修治を頭の中から追い出して、トミー・パピーのことを思い浮かべます。
 目の前の映像が一気にズームアウトしていきます。
「まだ少年のこと考えてるだろ。映像の切り替わるのが遅い」
 ファットチキンがあきれたようにいいましたが、気になるものは仕方ありません。
 トミー・パピーの動向が重要なのは分かっています。さっきも一度、修治がツボックに乗っている時ちらりとトミー・パピーに視線を移動させました。
すでにトミー・パピーは連中のアジトにいました。デノセッドに親し気な様子で「三日前アメリカのカートゥーンシティでキャラメル味のチュロスを売りだしたんだけど、もう食べた? 個人的な感想だけどあれは甘すぎると思うんだ。あとで飲み物を買わせようとかそういう魂胆なのかもしれないけど、そういうのぼくあまり好きじゃないな」と話しかけ、あからさまに嫌な顔をされていました。
(トミー・パピーに任せておいて本当に大丈夫かな)
お腹がきゅるきゅると音を立てます。缶づめはあと三個しか残っていませんでした。

 話は再び修治にもどります。
 修治は、前と同じ鳥かごの中に閉じこめられました。タヴァスたちがどうなったのかなんて分かりませんし、他の味方がここにまだいるのかも分かりません。
(この状況じゃ他の人とも連絡取れないな)
 それでも修治は希望を捨てていませんでした。
 一見手ぶらだったから油断したのでしょう。修治は今でも例の木の実を持っています。
 本当はあの場で食べて逃げだしてもよかったのですが、タヴァスたちを見捨てるのは気が引けましたし、この世界の地理が分からないので、逃げてもあとがないのは分かっていました。それに何より、自分だけ逃げても何にもなりません。
(温存しておいたこの実をいつ使うかが問題だな)

 扉が開いて壁にあたる音で、修治は居眠りから覚めました。
「やい小僧、仕事だ仕事、てめえ仕事しろ」
 ヤマでした。鳥かごの鍵を開けて、がなりたてます。
「はい、喜んで」
 修治はあくびをかみ殺しながら皮肉っぽくいいました。
(よく分からないけど、外に出られるなら何でもいい)

 修治は、ヤマについて通路を歩いていきます。
「ユーリ様やゴアさんは逃げたのか?」
「誰がどういいくるめたか知らねえが、ゴーストが裏切りやがった。ヘイハチ様に化けて門を開けやがったんだ。あいつわけ分からねえ」
 あの時門が開いたわけがようやく分かりました。
(嫌な奴だったけど、もし今度会えたら礼の一つでもいってやるか)
「いいか、あの小娘に伝えてこい! これからてめえをこの世界の支配者にしてやるから、それまで玉座に座ってろとな! あと、ここにもどってこられるリングは没収して、代わりにてめえがつけろ! そうすればてめえは帰ってこられるはずだ!」
 ヤマはふり向くと、怒りに任せて手に持っていたナップサックを投げつけてきました。修治はかろうじて受けとめます。
「これは缶づめ、食料だ。あの小娘に渡してこい! 死なれちゃ困るからな。それよりだ、そんなことはどうでもいいんだよタコが、これからは二四時間できる限り玉座に座ってろと伝えとけ!」
「俺は藤山に伝えたらお役ごめんなのか?」
 流花をひどくあつかう連中に対しての怒りを押し殺して、今後の自分がどうなるのかも確認しておきます。
「えっ、てめえがいなかったら誰が食料届けるの? 仲間を餓死させたいの?」
 取りあえず、今後も流花と接触する機会はありそうなのでほっとしました。

 外に出ると、ドアのすぐ前にツボックが座っていました。
「やいツボック、てめえは小僧を像の前に連れていってすぐもどってくればいいんだ! さっさといってさっさともどってこい、いいな!」
 ツボックはそっぽを向いて、修治を乗せるために姿勢を低くします。
「このまま俺が逃げたらどうする?」
 修治は挑発的に訊ねます。
「逃げたきゃ逃げろよ、こっちにゃてめえの女とタヴァスがいるんだ」
「なるほど、だからツボックもあなたなんかの命令を聞いているんですね」
 修治は、嫌味っぽく丁寧な口調でいってうなずきました。
「てめえはさっさといってこい!」
 修治はツボックと一緒にそっぽを向きました。
 ツボックは翼を力強く羽ばたかせ、一気に上昇します。
 体がつぶされるような強烈な圧力を感じたかと思うと、眼下には連中の建物が広がっていました。黒い、工場のような外観です。
「真っ直ぐデズモンドの玉座のところにいくぞ、ツボック」
 声をかけると、ツボックは前を向いたままうなずきました。一応言葉は通じるようです。「いわれなくても分かってる」とでもいっているようでした。
 
 デズモンドの玉座のところにたどりつくまで、そう時間はかかりませんでした。
 ツボックは一気に急降下を始めます。
 気が立っているのか、あまり搭乗者に配慮はしてくれないようです。修治は首に手を回してふり落とされないように耐えます。
 鞭打ちになりそうな勢いで着陸し、かぎづめを地面に突き立てて急停止します。
「俺にあたられても困るよ」
 修治はツボックから飛びおりて、背中をぽんぽんとたたきました。
「送ってくれてありがとう。悪いけど、俺が帰ってくるまでここで待っててくれ」
 ツボックはそれには答えず、足を折り曲げてその場に座ります。
「本当に頼むぞ、俺は徒歩じゃ帰れないからな」
 ツボックは何も答えず、顔を翼にうずめました。
 
 修治は玉座の世界に入りました。相変わらず真っ白な代わり映えしない世界です。見回しても、人影や建物はありませんでした。
(誰かに会わないと、藤山のところにいくことすらできないな)
 ナップサックを背負い直して、歩き始めます。
(何だかんだトミー・パピーさんの思い通りになってるのかもしれないな。俺がこの世界にいれば、連中も手出しできないし)
 さっそくはるか遠方に白い人影を見つけました。
(問題は、今度はタヴァスさんたちが人質になってることだ。早くトミー・パピーさんが手を打たないと藤山がこの世界の王になるのも時間の問題だし、もしそうなったらタヴァスさんたちが消されてしまう)
 やがて、人影の正体が明らかになりました。といっても、この世界にたくさんいる名もなき白い人でした。
「藤山はどこにいますか? まだファットチキンたちのところにいますか?」
 白い人はぼうっと突っ立ったまま右手をあげ、修治から見て左の方向を指差しました。
「ありがとうございます」
 修治は、自然と小走りになるのを押さえながら進み続けました。
(今食べ物を持っていってやるからな、藤山)


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