背徳のディナー
お仕事(ライター業ではなくて本業の方)で、年に1回ほど立食パーティー形式の懇親会に参加することがある。
立食パーティーと言ったら聞こえは良いが、みんな黒いスーツだし、会社の上司やお取引先の偉い方がたくさんいる、怖くて緊張する楽しくないパターンのやつだ。
ただでさえ立食パーティー形式は苦手なのに(ぼっちになるから)、堅苦しい雰囲気の懇親会なので、もう完全に苦行である。
上司の後ろについていって、「いつもお世話になっています、これからもいろいろとよろしくお願いします」という「挨拶のための挨拶」をしてぺこぺこへらへらするのだ。
懇親会は、ホテルのパーティー会場を貸し切って行われる。当然、ホテルのパーティー会場にふさわしいごちそうが山ほど登場して並べられる。
私はお仕事なのでぺこぺこへらへらするけど、せっかくごちそうが山ほどあるのでぺこぺこへらへらだけでなくてぱくぱくもぐもぐもしたいのである。
ただ、そういう堅苦しい場なので気が滅入っているし、うかうかしていると挨拶するべき偉い方の前には挨拶するための列ができてしまい、延々と挨拶待ちをするはめになってしまう。
なので、めりはりをつけて挨拶の合間にごちそうを食べる必要がある。ぺこぺこへらへらする合間に、てきぱきとぱくぱくもぐもぐしなければいけない。ぺこぺこへらへらてきぱきぱくぱくもぐもぐである。
せっかくのごちそうだが丁寧に盛りつけたり味わっている暇はないし、心にそんなゆとりもない。
食べたいごちそうをお皿にごちゃっと盛って、会場のすみでぱくぱくもぐもぐして、上司や偉いお取引先様のところにもどるのである。
「味わう暇はない」「怖くて緊張する楽しくないパターンのやつ」と書いたが、正直私は会場のすみでぱくぱくもぐもぐしている時間は好きである。何というか、とても悪いことをしている気がしてどきどきするのだ。
この、背徳感ともいうべき感情は何なのだろうか。
何度か懇親会に出席してやっと分かったのだが、これは「やってはいけないことを堂々とやっていて、それが許されている」という背徳感だ。
ホテルのパーティー会場で出る食事は、見た目も味も良い。本来であれば座って、見た目も楽しみつつゆっくりと味わうべきものだ。
だが、懇親会はお仕事なので楽しんでいる場合ではない。楽しんでいる場合ではないが、せっかくのごちそうなのでなるべくぱくぱくもぐもぐしたい。
するとどうなるか。
大皿に小さく切ったウナギの蒲焼とフグの刺身と鶏肉のコンフィ(コンフィって何?)とステーキ肉をごちゃっと乗せ、それぞれのタレが混ざるのも気にせずもぎゅもきゅ口に放りこんでいく。
お寿司も上からびゃーっと醤油をかけ、工場のライン作業のようにひょいひょい口に入れていく。
見た目のかわいい小さなケーキも端っこから3つくらい取って一口で食らい、コーヒーで流しこむ。食べかけは放置しておけばウェイトレスがどこかに処分してくれる。
ここではお取引先様に挨拶することこそが大事なのだ。ごちそうをありがたがってゆっくりと味わって食べるなんて罪である。
せっかくの見た目も美しいごちそうを、気が滅入りそうな堅苦しい空間で、味わうこともせずに、会場の隅っこで立ちながらさっさとむさぼり食う。
ごちそうに対して最悪なことをしているし、楽しくはないはずなのだが、ふつふつと背徳的な快感が湧き上がってくる。
次の懇親会が待ち遠しい。
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