いつかにみた夢
今日は少年になるサラリーマンの夢だった。
『鳥居の朱』
夕暮れの街角。車がやっとすれ違えるような、細い、両側に民家の壁が迫る道。その真ん中に僕は立っていた。
古い家と新しい家と竹藪が混在している田舎。ここは、僕の実家のある街だ。懐かしい景色が赤く染まっている。
いつからここに立っているのかは分からない。自分が今まで何をしていたのかも。ぼんやりとただ自分の今いる場所がどこなのかを把握しようと脳が動いていた。気がする。いや、本当はなにも考えてなかったかもしれない。あまりにも懐かしくて少しの間、赤と一緒に染まっていた。
背中をバシンと叩かれて、意識が戻る。
「なにぼーっとしてん!」
僕を追い抜いて走り去ろうとするのは、同級生の矢島。坊主頭をしている。中学生になる頃には恥ずかしいとやめていたはずだ。
「待ってよ!」
手を伸ばして矢島を追いかける。目に映った自分の手が白くて滑らかで、小さかった。
少しの違和感が襲う。もしかしたら僕の手はもう少し大きくて、焼けていて指先がガサガサしていて……
「なぁ祐也!オケシンいかん?」
矢島がぼくの名を呼んだ。
オケシンは駄菓子屋で、元は確か豆腐屋だ。しかし、ニーズに合わせて、当時には無かったが、今で言うコンビニのようになんでも売っていた。売ってないのは鮮魚や精肉くらいか。
子供達の為にと五円で買えるチョコや、スーパーボールのくじ・・まで置いてあった。
「え? お菓子を買うの? 今食べたらお母さんに怒られるんじゃない?」
「ちっさいの1個くらいバレやんよ!」
「そうかなぁ」
「そやろ。ってかさっきからなんなん? そのしゃべり方。変なの!」
しゃべり方?どこか変だろうか?自分ではよくわからない。
「なんかめっちゃキドッてるやん」
「気取ってるって……」
「ほらぁ! やっぱり!」
豪快に矢島は笑って駆けて行く。ぼくもなんだか可笑しくて、笑い声をあげながら後をついていった。
オケシンでぼくは、細長い、ねじりの入ったチューブ入りのゼリーの駄菓子を買うことにした。青い色が綺麗だ。
矢島はガムとラムネを持ってウンウン唸ってどちらにしようか迷っていた。味はどちらもコーラ味。迷う必要あるんだろうか。
ぼくがレジでお金を払い終えた所で、矢島が「決めた!」と、声をあげた。どうやらラムネにしたらしい。カタカタと音を鳴らしながら矢島が走ってきた。
「そんじゃあ、神社行って食うか!」
「うん!」
駄菓子は神社で食べる。と、決まっているわけでもないのにぼく達はみんなオシケンに行ったら神社へ行く。
走り抜ける住宅街は相変わらず真っ赤で誰ともすれ違わない。車もバイクも通らないし、なんの音もしない。
まるで世界に2人きりみたいだ。
神社の長い階段を登っていく。急な階段で、ぼくはまだ矢島のように素早く登れない。一段一段踏みしめて登っていく。まってなんて声をかけなくても、矢島はいつも数段先で待っていてくれた。
神社の階段は半分登り終えた所でもう並ぶ家々の屋根が見えた。
階段を登りきり、その最後の段差にぼくらは座り込んだ。
大きな鳥居のその下で、赤い赤い街をぼくは見渡す。大好きな街並み。
矢島は隣でさっそくラムネを食べだした。良い笑顔だ。思わずぼくも感染ったみたいに笑顔になった。
そして、矢島はそのまま石になった。
石膏のリアルな像のように。ラムネを口に入れようと手をあげた所で、真っ白になっていた。
夕日が赤い色に染めたせいで僕は気が付くのが遅れてしまったんだ。
ぼんやりとこの世界の全ての人間はもう矢島と同じように石になってしまったんだろうと思った。
夕日に固定された世界で僕は明日しなければならない仕事の事を思い出していた。嫌な走馬灯だな。
ぼくの身体ももう半分ほど石になっていた。恐怖はなかった。みんなと同じになれることが嬉しかった。
眠ろう。
この夕暮れの世界で。
大好きなこの場所で。
少年時代を永遠に想いながら。
そう覚悟を決めた所で、目が覚めた。
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