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没になったスピーチ

ある留学の奨学金に受かってその時にスピーチを代表してすることになりました。ただ、色々なポリコレなどで使えなくなったスピーチの原稿があって、使えなかったのですが、好きなのでここに残しておきます。20分くらいで書き上げたので、なんか自分らしさ満載ですが、僕の癖が詰まったものなので、僕に何かコメント求めるときはこうなるって思ってください。



て、今回このようなスピーチをするに当たって、大体このようなスピーチは口を開けてボーっと聞いていた身としては、皆さんに楽しんでいただいて帰っていただきたいと思っております。ですのでこのようなところでお願いいたします。

まず私は今年の最初、留学に行くことを諦めておりました。コロナという事象が蔓延る中で自分の留学というものがよく見えなくなりましたってしまったのです。まるで、レミゼラブルの劇中歌、i deamed a dream のような状態でした。夢破れて、山河在りといった状況でしょうか。留学は夢の話、胡蝶の夢のような気分で私は目を閉じてしまいました。ここで一回、ほおをツネって夢かどうか確認します。あ、痛いので多分現実ですね。

そんな中で、友人とスラックで、私の留学の話になりました。友人とのスラックというのは便利なもので、そこには留学を現在している学生が4人おりまして、彼らの情報が常に入ってきていました。この時に、明治時代などの留学した子を思う親の気持ちを考えると胸が痛むものです、本当に病気かもしれませんが。若いので違うでしょう。

そのスラックで友人がふといったのです、留学行かないの?と。この時の、何気ない一言で私は突き動かされたのです、なぜ私は留学に行かないのか、チャレンジしないのかと、なので私はそこから一点発起して留学に対して準びに努力をしました。そして、私は、論文を執筆するなどドタバタはアリましたが、無事この舞台に立っております。そして幸運なことに、この〇〇奨学金を採択していただきました。

さてみなさま、芝浜という演目はご存知でしょうか。落語の演目の一つで、ある男が酒に溺れて家業が傾いてしまった、その時にたまたま浜で100両もの入った財布をひろって家に持ち帰るが、女房がそれによってさらに酒に溺れるのを恐れて、財布を隠します。その些細なきっかけで、男は財布を夢見るような見窄らしさに一念発起して魚屋を打ち込み、成功を果たします。そして、女房はその裏で財布を役所に届けますが、財布は主が出てこずに、帰ってきました。彼にこの真実を伝えるべきか、悩んだ女房でしたが、彼の現在の姿をみて、彼に打ち明けます。そうすると、女房の自分を思う気持ちをみて彼は感謝を女房にするのです。

今の私は、まさに芝浜の男ではないでしょうか。不確実性にかこつけて自分のしたいことから逃げて、留学を夢にしてしまっていました。しかし、女房のような友人のおかげで、留学を準備して、この話の女房のように支えてくださる先生方々、留学生課の方々からの支援を受けて、今東北大学を代表して留学するにたる人間になることができました。そして幸いにも芝浜の男のようにこの奨学金をいただく運びとなりました。芝浜の女房のように支えてくれましたみなさま、そしてこの奨学金にはとても感謝を申し上げます。

さて、芝浜の最後をご存知でしょうか。芝浜の男は最後に女房から財布の真実を伝えられて、そのことに感謝をしたのち、女房は今度は彼をねぎらい、財布を拾った翌日からやめていた酒を進めます。男はその酒のチョコを口に進めますが、途中でやめて、次のように述べました。そしてこれは私自身への自戒の言葉にもなっています。

「よそう、また夢になるといけねぇ」

ありがとうございました。



結局これはできなかったので、この事実を振りにして、当日、「実はここで落語しようとしましたが、座布団が用意できないと言われてやめました」っていうスピーチをしたらややウケでした。

それでは

根本

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